このところ、「希望の党」が台風の目になり、あちらこちらから、いろいろな変化球が投げられてきています。地震などの自然現象と同じで、もともと国民にストレスが溜まって、一線を超えると、「日本死ね」みたいな怒りになったり、ジャンヌ・ダルクよろしく、華も棘もある女性が先頭に立って「新党」らしきものが登場してくると、今までは受け皿がないので、自民党に一票を投じ、安倍内閣を支持していた人も、もう安倍さんはごめんだ、政治の流れを変えたいとなってきます。

安倍さんは信用できない、生理的にも我慢できないという人がそれなりの比率でいますが、そんな人たちの民意の受け皿が今はありません。過去の遺産で議員数はそれなりであっても、中味は、アイデンティティを失い、改革のエネルギーも失い、沈みゆく泥舟と化した民進党に変わる受け皿としてのポジションを固めれば、なにかが起こる舞台は整うわけで、あとは華のある役者が登場してくれば、あっと驚くような、さまざまな化学反応が起こってきて、想定外の衝撃波も引き起こします。

さらにマスコミはその化学反応のひとつひとつに敏感に反応し、騒ぎ立てるので、小さいはずの波ですら、大波にも化けてきます。自民党から石破さんが派閥の20名を連れて合流すれば、また一面を飾り、大きなインパクトになるでしょうし、橋下さんが維新とのつなぎで希望の党に参加すれば、さらに波は大きくなってきます。

どこまでの化学反応が起こってくるのか、また錬金術師として、小池さんがなにを起こすのかは興味津々です。

さて小池さんに関しては、評価や人気が分かれます。論理的に考えたい、あるいは自身がそうだと思っている人は嫌うでしょうし、感覚的にものごとをとらえる人にはリーダーとして頼もしく、好感を持つのでしょう。しかし、そんなことはどうでもいいのです。

政治家が誰であろうと、人びとの心にどのような変化が生まれ、それがどのような政治エネルギーを生みだすのかのほうがはるかに重要でしょう。政治の力は、そんなエネルギーを引き出せるかどうかにかかっています。

問題は、政・官・財のもたれ合いの硬直した政治のあり方を変えていかなければ、日本は沈んでいきます。官僚が総花的に描いた対処療法的な政策はできても、時代の変化に対応した、あるいは先取りした大胆な改革ができず、さまざまな国際競争力を失っていきます。三本目の矢を放つことなく、なににでも「革命」とつけ、「改革」を偽装している政治ではお先真っ暗です。
そして最悪なことに、ビジョンが描けない民進党は、安倍内閣を、まるで「改革内閣」と感じさせる役割まで担ってしまい、本来必要な改革に踏み込むことを遅らせてきたのです。

しかし、いくら希望の党が頑張っても、まだ今のところ、政権をとるには陣容が乏しすぎ、役者不足の感が否めません。万が一、政権を取っても、民主党の二の舞いになってしまいかねません。希望の党は、しょせん急拵えの新党にすぎないのですから。

そうだとすれば、大切なのは、議員の数ではなく、役者になれる人材をどれだけ集めるのかではないでしょうか。なによりも人材だというのは、政治の世界も民間も同じでしょうが、まずは将来の日本を変える志と覚悟、また才覚をもった人がどれだけ結集できるのかが最初の試金石になってくるはずです。

目先の議席をとるには民進党をどう飲み込むのかになってきますが、人材の結集を目指すのなら、むしろ地方主権と脱原発を旗印に維新との連携を第一に考えたほうが姿カタチもスッキリします。そして野党一党として第一歩を踏み出すことができ、「国のカタチ」のあり方を問いかける存在になれば、さらなる化学反応が起こってくることも期待できそうです。


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