新聞社はいまだに押し紙問題を抱えたままです。押し紙は実際には配られないのに新聞社が印刷し、販売店に引き取らせて配ったことにしている新聞です。新聞が配達されずに残る部数のほとんどはこの押し紙だそうです。配られずに販売店に残った新聞は、販売店が古紙として処分しています。雑誌FACTAが入手した朝日の内部文書によると、2016年の発行部数は654万部と発表されていますが、「残紙」の割合は32%にもなり、実際に読者に配られた実売部数は444万7千部だったとか。
新聞の発行部数が減少してきていることはご存知のとおりだと思いますが、「残紙」比率がどんどん増え、公表されている発行部数と実売部数のギャップが広がってきています。それは、なにも朝日新聞だけの問題ではないでしょう。
都合の悪いことを書かれると訴訟に持ち込みたがる読売新聞ですが、2016年後期の発行部数が1000万部どころか、900万部も割り込む895.5万部としているとはいえ、それも嵩上げした数字ではないかと疑いたくなります。
昨年は、朝日新聞が公取委から押し紙について「注意」を受けていますが、なぜ朝日新聞だけだったのかというのは謎というか、公取委にも、森友学園をめぐる「忖度」ようなものがあったのかもしれません。それは置いておくにしても、他の新聞社も含めてそろそろ実態にあった発行部数の公表と押し紙の廃止を指導する時期に来ているのではないかと感じます。
なぜなら、新聞の広告費は発行部数を根拠にしているのですが、その根拠がいい加減だというのは、新聞の広告メディアとしての価値を下げるばかりか、詐欺行為だといわれても仕方ないからです。どの記事が、どのような人たちに、どれだけ読まれたかが瞬時にわかるデジタルメディアの時代のなかでは、もう広告メディアとしては時代の遺物になってしまいます。
それに30%とか40%が最初から古紙として捨てられるのがわかっているにも関わらず、印刷していることは社会的な道義にかないません。
新聞社の宅配に頼ったビジネスモデルは衰退する一方です。紙の新聞もたまに広げてみるのもいいのですが、デジタルでの読み方に慣れるともう戻れません。デジタル版であれば、昨今は気軽に日本語版も含めて海外メディアの記事にも触れることができますが、感じるのは日本のメディアは、右だ左だ、偏りがある、というよりも、取り上げているニュースが金太郎飴で独自性にも、面白みも薄いということです。
「押し紙」問題の国会質問に、世耕経産大臣が「日本新聞販売協会から相談があれば、残紙調査をする」と約束されたようですが、悪弊を断ついい機会だと思います。日本新聞協会から相談がなくとも遠慮なくやればいいのではないでしょうか。
新聞社が生き残るためにも、また報道の信頼を維持するためにも、経営のオープン化に期待したいものです。もう戦後の暗い歴史を背負ったドンもいないようなので実現は可能なのではと思いますが、どうなんでしょうね。
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