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九電のいわゆる「やらせメール」について、ちょっと気になるブログ記事がありました。九電の「やらせメール」は、それ自体は法令違反にならなくとも、危機管理思想に問題があったこと。リスク管理には「平時のリスク管理」と、「有事のリスク管理(いわゆるクライシス・マネジメント)」では異なり、九電はその判断を間違ったというものです。
速報)九電やらせメール事件に複数の役員関与? - ビジネス法務の部屋 -  :

そこから読み取れるのは、平時では問題にならなくとも、有事には問題になることがあるという発想です。それを考えなければならないという趣旨ですが、それは違うと思います。たとえ平時であっても九電はやってはいけない情報社会の掟破りをやったのです。

またつぎのような下りがありました。
この問題の重要なポイントは、私が昨日出席した会合でも(複数の方々から)出ていた意見であり、また本日コメントをいただいているケンさんや、直接メールでいただいている方々のように、「やらせメールというのは、どこがやらせなのか?」「やらせメールというネーミングが悪いのであって、単に意見促進メールにすぎないではないか?単にマスコミに踊らされているだけである」といった、九電メール「騒ぎすぎ」派の方々がかなり多い、という事実であります(これは紛れもない真実です)。
事実は、いかにも一般人の意見を装って、関係者がメールで意見を出し世論誘導を行おうとしたことです。それを「やらせ」と普通は認識されています。それは有事であれ、平時であれ発覚したときには、企業姿勢が疑われ、人びとは怒ります。

「やらせ」という言葉が適切かどうかは関係なく、「有事」でなくとも、アルバイトで雇われた女子大生が、いかにもユーザー意見としてブログに書き込み、それが「やらせ」としてブログが炎上したこともあります。掲示板に一般ユーザーを装って他社製品の悪ぐちを書きこみ、それが発覚して著しく企業イメージを著しく損ねたという出来事もありました。マスコミではいまだに「やらせ番組」が絶えないですが、これも発覚すると報道倫理が問われます。

それはなにを意味しているかです。人びとは情報操作されることに嫌悪しており、政治にも、マスコミにも、企業にも正直さをもとめているのです。情報の重要性が高まり、また情報が溢れる時代になるにつれ、情報の発信元の確かさや情報提供にさいしての正直さが問われるようになってきています。それは電力会社に限ったことではありません。

このブログを書かれた方が弁護士という職業がら「法令違反かどうか」「リスク管理」と「企業防衛」の視点で捉えることはしかたないにしても、その発想やアプローチは、問題の本質をついていません。

実にシンプルな問題です。

たったひとつの結論は、
倫理と常識を失わず、つねに正直であれです。
あるいは情報発信に関して不正なことをするなです。

どのような人にも、企業についてもそうですが、とくに、政治、マスコミ、インフラ企業といった公共性の高い世界ほどそれが求められます。しかしその信頼が揺らいできているのです。

今回で言えば、福島第一原発事故を契機に政府や電力会社の情報隠しが問題になっていたばかりか、これまで、政府、電力会社、マスコミ、学者などが一体となって情報操作を行ってきたことが疑われ、問われてきていることを九電の人たちは人ごととして認識していたのでしょうか。

九電そのものが、世間の常識や世間の意識変化とかけ離れた閉ざされた特殊な村社会にいて、そういった変化も見えていなかったように感じます。

では九電の社員や関係先の社員が、原子力関係者として意見を述べてはいけなかったのかですが、それは違います。原子力関係者だという立場をあきらかにして、意見を送っていたとしたら、まったく展開は変わっていたと思います。

「リスク管理思想」のまえに「倫理」と「常識」がある。それを混乱させる理屈は不要です。九電は世間から非難を浴び、社会を混乱させ、玄海原発再稼働を困難にしてしまったことを謝罪するだけでなく、「倫理」も「常識」も失ってしまっていた組織の危機を感じ、その回復に尽くすべきなのです。

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