
遠くには秋の空が広がり、稲も黄金色となって穂をたれ、あちこちで稲刈りが始まっています。暑さ寒さも彼岸までといわれていますが、今年は彼岸を待たずに涼しくなりました。
写真は、兵庫県豊岡の円山川を望んだ風景ですが、豊岡といえば、出石そば、城之崎温泉に、自然が生み出した芸術ともいえる玄武洞などが思い浮かびます。城崎温泉も、バスツアーなどで低価格で利用できるようになり、賑わっています。
しかし豊岡といえば、コウノトリの郷として、長年地域をあげてコウノトリ再生にとりくんできた活動も広く知られています。いったんは絶滅したコウノトリを孵化させ、飼育し、さらに放鳥して自然に戻す事業です。

たかがコウノトリですが、されどコウノトリです。コウノトリが絶滅したのは理由があります。激減し、絶滅していったのは3つの時期があったそうです。
まずは明治以降に猟を目的とした鉄砲の使用が解禁されたことです。それが乱獲につながりました。ついで第二次大戦時に、食糧不足から農地を開墾するために、また油、また木材の確保のためにコウノトリが巣づくりをするための松が大量に伐採されてしまいました。
さらに追い打ちをかけるように、戦後に、農薬、化学肥料の乱用が進められました。それによって餌となる小魚が激減してしまったこと、またコウノトリの繁殖能力がなくなってしまったことが原因です。
コウノトリは自然と人間が共生できるかどうかのひとつのバロメータでもあったのではないでしょうか。
コウノトリを自然に戻すためには、コウノトリを飼育するだけでなく、コウノトリの餌となる小魚が育つ田んぼづくり、つまりこれまで頼っていた農薬や化学肥料からの農業を変えていかなければならなかったわけですが、そういった農業の改革も同時に進めてきた結果、現在はコウノトリが130羽を超えるようになってきています。
なにか、コウノトリの絶滅にいたった歴史とその再生事業は日本の再生の道をも象徴しているように感じます。産業も社会も多様化し、複雑化したなかで、機能不全となった霞が関主導から脱却できず、選挙目当てで、道路、ハコモノに考えられないほどの財政を突っ込んでしてしまった負の遺産からいかに脱却ですが、一朝一夕にできることではありません。長期的視点がなによりも必要だという気がします。
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