人間関係は難しいものです。親子でも同じことで、いい時ばかりではなく、さまざまな軋轢を経験しながら、お互いが学びあっていくものでしょう。
福岡市西区の母親による我が子を殺人するという事件は、「なぜ、授業参観などに来てくれないのか。病気のお母さんなんかいらない」という弘輝君の言葉に絶望し、我が子の首をホースで絞めたといいます。母親の薫容疑者はトイレでの介助を求めた際に弘輝君が機嫌を損ねての言葉だったようです。
子供が機嫌を損ねて「お父さんいらない」とか「お母さんいらない」と言い出すのはどこの家庭でもあることです。そんな時にこそ、愛情があれば、子供と向き居合い親子の真剣な会話も生まれてくるはずです。
そういった子供との軋轢を乗り切っていくなかで親子の関係も深まっていくものだと思いますが、自殺を考え持ち歩いていたホースが凶器となったということは、薫容疑者も普通の精神状態ではなかったのかもしれません。
しかし、ふっと疑問に思ったのは、トイレにも介助が必要な母親が、子供を絞め殺し、遺体を移動させるということができるのだろうかということです。矛盾を感じます。普段から弘輝君が言うことを聞かず、最初から殺意があったということでしょうか。
ところで、畠山容疑者といい、こういった母親が子供を殺めるという事件が続くと、子供が殺害される事件が増えてきているという錯覚に陥ってしまいますが、警察白書で「少年が被害者となった凶悪犯の罪種別認知件数の推移(平成15〜19年)」を見ると、「殺人」は平成15年の156件から平成19年には122件となってむしろ一貫して減ってきています。件数の問題ではなく事件の質が変わってきたということでしょう。
件数が減少しているのは子供の数が減ったことも影響しているのかも知れませんが、母親が自らの子供を殺める事件というのは数としては少なくとも、衝撃は大きいですね。いたたまれない気持ちになります。
ところで、千葉県東金市の保育園児成田幸満(ゆきまろ)ちゃんの死体遺棄事件も、不自然さを感じさせます。5歳の女の子が一人でいるのも不自然だし、さらに幸満ちゃんが一人でいる目撃者がいたにも関わらず、誰も声をかけなかったというのもちょっと理解に苦しみます。幸満ちゃんを預ける施設や身内や知り合いもなかったということでしょうか。
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