梅干といえば紀州、しかも南部(みなべ)が有名です。年間約2万トンと日本一の生産量を誇り、全国に出荷され、生産者である農家も後継者難の声が聞かれないほど豊かだといいます。南部(みなべ)梅林は「一目百万、香り十里」と歌われるように、なだらかな丘陵は見渡す限り梅が咲いていました。坂を登って梅林の入り口にたどり着くと、そこに碑が建っているのに気が付き説明を読むと、この南部(みなべ)梅林は、慶応元年生まれの内中源蔵という人が、梅の栽培の将来性に目をつけ、私財を投じて南部梅林の一角を買い取り、梅の栽培を始めたことから始まって広がっていったそうです。明治時代のベンチャー魂を感じます。
対照的なのが南部(みなべ)から、もうすこし大阪方面の湯浅という町です。ここは醤油発祥の地であり、明治の始めごろまでは日本一の産地でした。しかし、明治時代の鉄道輸送や製造の近代化に遅れ、兵庫県の龍野にその座を譲り、どんどん蔵が閉鎖されていきました。しかし、今でも湯浅の古い町並みを歩くと、ぷーんと醤油の匂いが漂ってきますが、老舗の「角長」は、天保時代そのままの蔵をつかって今でも麹からの手づくりです。美味しい醤油を探していらっしゃる方にはお薦めします。
明治時代のベンチャー魂から生まれ、梅干の生産規模を誇る南部(みなべ)も、寂れていった町で、頑なに伝統の味を守り高級醤油として生き残こった湯浅の「角長」も、生き方の違いはありますが、どちらにもエールを送りたいと思います。
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