阪大の学生が恐喝容疑で逮捕されたニュース。なんと在学しながらホストクラブを経営していたことが発覚しました。学生の起業に業種もあったのかと驚きましたね。しかも、本人も含め30人もホストを抱えていたというのだから、そうとう本格的な学生事業家です。犯罪を犯すことなく、うまく事業を育てていけば、事業を成功させたヒーローとして脚光を浴びる人材だったのかもしれません。
事件は元店員の男性が出勤しなくなり姿も消したので、懲罰金名目で現金を脅し取ろうと、関係先の飲食店経営者ら2人から300万円を脅して取ろうとした疑いがあるというのですから、危うい犯罪に暴走してしまい墜ちてしまいました。
もてはやされ、調子に乗り、墜ちたということでは、スーフリ事件の和田被告、ライブドア堀江被告もそうですね。こういった人たちに感じるのは、きわめてクレバーであり、人並み外れた才能や実行力もありながら、もてはやされるなかで、バランス感覚を失い、暴走したあげくに結局は墜ちていったということです。
イメージが重なるのは、ギリシャ神話に登場するイカロスです。囚われた島の塔から、密猟した鳥の羽を蝋で固め脱出を試みます。しかし調子に乗ったイカロスは、父親の忠告を無視して高く飛びすぎ、太陽の熱で蝋が溶けだし結局は海に墜落してしまいます。
そういえば、まだ堀江被告が近鉄買収に名乗りを上げたころに、堀江被告を非難した共同通信の編集者の方のブログが炎上したことがありました。Katolerのマーケティング言論さんが「イカロスの墜落〜共同通信ブログ休止の波紋〜」で、この編集者の方をイカロスに例え、マスコミの中からでてきた変革の志のなかでの失敗を鞭打ち過ぎていけないというご主旨のことを書かれていたことを思い出しました。その最後のくだりご紹介します。

常に新しいことや、新天地を目指すものたちは、結果、うまく事が運べば喝采されるが、そうでなければ笑いモノになってしまう。しかし、世界は、そうした何人ものイカロスやドンキホーテが存在したことで変革されてきたはずだ。
墜ちたイカロスを殺してはならない。

皮肉なことに、イカロスはベテランの編集者の方ではなく堀江被告であり、こういった若い人たちのほうでした。現在の閉塞感のある社会から見事に飛び立ち、一時的であれ、成功を収める若い人たちのエネルギーはすばらしいと思いますが、欠けていたのはモラルの意識もふくめ、なにが本当のリスクか、なにをしてはならないかを感じ取り、また考える聡明(ワイズ)さではなかったのかと感じます。犯罪は犯罪としても憎みべきことですが、本当に惜しいことです。
しかし、どうもこのところ、世の中全体が脊椎反射的というかIQ的な「脳力」ばかりに目が向きいているような気がしてなりません。運動神経的なクレバーさです。クレバーな能力は、鍛えた結果がすぐにでます。ゲームでも得点が向上し、賢くなったという実感が得られるので人気が集まるのかもしれません。しかし、一朝一夕では鍛えることもできないし、確かめることも難しいでしょうが、ほんとうに鍛えるべきは社会と共に生きていく知恵としての聡明(ワイズ)さのほうの「脳力」ではないかと思えてならなし、社会全体がイカロスにならないように気をつけないといけないと感じる今日この頃です。

※クレバーとワイズの違いに興味がある方は、このブログの「クレバーとワイズ」をご参照ください。
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