SONYといえば輝くブランドでした。しかし、そのブランドへの期待が裏切られたときの反動は、それに比例するかのように大きくなってきます。まだまだマスメディアの視線はSONYに対しては暖かいようですが、ネットではこの間、PSPの初期不良問題、またSONY社員による社内からの掲示板への不名誉な投稿問題で揺れ始め、それが週刊実話にも掲載されてしまいました。PSPは、SONYが利益を稼げる数少ない切り札であり、「21世紀のウォークマン」という戦略商品だけに嫌な雰囲気です。
そんな折りしも、皮肉にも、ライバルの松下電器は業績の拡大で「純金融資産が15年ぶりに1兆円回復」という記事が日経の一面に載っていました。決算で巨額の赤字を出したのは2002年3月期決算なので、松下電器が負の遺産からの脱却に苦しんでいたのはつい最近のことでした。膿を出し切り、デジタル家電の波に乗った松下と、なかなか膿を出し切れず成長分野に乗れないSONYの姿を象徴しているようです。
SONY製品の不良品問題は、今更という感じがしますので取り上げませんが、ちょっと気になるのは、SONYの事業間の相乗効果がほとんど感じられないということです。今でも、SONYミュージックエンターテインメントを吸収し、コンピュータエンターテインメントを完全子会社化したのは、SONYが資金不足になり、関連企業の豊富なキャッシュを吸収した出井マジックだと思っていますが、それが仇になり始めているのではないかと思えるのです。
iPodに出遅れたのも、SONYミュージック各社の売り上げが減ることを恐れたことが原因だったのかもしれないし、PSPをめぐっての問題もSONYの病がコンピュータエンターテインメントに感染してしまったようにも感じます。
カオス(混沌)の時代には、「戦略は創発されてくる」という経営学の野中郁次郎教授の説をそのまま、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに論文として掲載した出井会長ですが、その考えが正しいとすれば、戦略ユニットである関連会社は独自の道のなかで「戦略の創発」を見出せばよかったのではないでしょうか。少なくとも現代は「選択と集中」の時代です。人、もの、金、情報(技術)という資源が無尽蔵ならいざ知らず、戦略が自然発生的に生まれてくるという「創発」論だけでは厳しいような気がします。
技術を国内から流出させない、そのためには製造工程を見せないという国内各社の動きに離反し、液晶ではサムソンと提携せざるをえなかったこと、さらにプラズマからの撤退と台所事情が相変わらず苦しいことを考えると、PSPが成功してもその資金はSONY本体の事業に流れていくことは容易に想像できます。
いったい、SONYはどこに行こうとしているのでしょうか。本業事業で規模を追いかけたり、横並びするのではなく、身の丈に合わせて独自の分野にチャレンジしていけば、まだまだ再生の道はあるような気がするのですが・・・結構いいケーススタディになりそうなのでしばらくは対岸から観戦ですね。

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