NHKの最高意思決定機関である経営委員会が7日に開かれ、須田寛委員長(JR東海相談役)が記者会見し、「進退の話は一切出ていない」と、経営委員会では、海老沢会長の進退問題は全く議題にも上らなかったと発表しました。
11月末現在で受信料支払いの拒否・保留が11万3000件に達したことについては、「深刻な事態との認識を持った」ものの、「会長が代わったからといって、不払いがなくなる訳ではない」とし、「外部の声聞く」不祥事検証番組を放送することを決めたといいます。
大人の判断と言えばそうかもしれない。なぜこのような不祥事が起こってきたのかという本質は深く議論しないで、狭い身内の井戸端会議で無難に事態を納めるという意味では「大人」です。だから、ペナルティは不祥事検証番組をすることになりました。
それでは視聴者が納得できるはずがありません。狭い会議室のから一歩踏み出れば、不信感、怒りを持った視聴者、また職員がいることを、もうすこし考えて、責任ある決定をして欲しかったと思いますが、期待するほうが無理なのでしょうか。

ところで、道路公団や社会保険庁に象徴される公的組織、西武グループ、さらに読売新聞グループ、NHKに共通する問題があることにお気づきですか。


したい放題の監視なき経営

いずれも経営の結果責任、さらに経営の中味をチェックする尺度もしくみもまったくない組織だということです。西武、読売も、問題が発覚したのは、株式公開を行っている、本丸でない西武鉄道や日テレからでした。
NHKの経営委員会も、結局は経営を審査するのではなく、海老沢会長に問題を丸投げしたわけで、泥棒に泥棒を取り締まれと言う結論を出したに等しいですね。まったく最高意思決定機関という機能が働いていません、なにかプロ野球機構の再現を見ているような印象すら受けます。
カタカナを使って申し訳ないですが、経営に対すしてきちんとチェックが働くかどうかはガバナンス(企業統治)の問題といいます。このしくみがないと、経営のトップは人事権を握っているので誰も逆らうことができなくなってしまい、気がつくと、まわりはイエスマンの集団で固まってしまします。そうなると暴走があっても歯止めがききません。そごうもダイエーも、かつての三越もそうでした。

それだけでなく、そういった組織は必ず内部が腐敗してきます。トップの恣意的に物事を決め、トップのご機嫌を伺うだけを考えている上司がいたら、風通しはどんどん悪くなっていくことは想像していただけると思います。表向きはきちんとした評価のしくみがあっても、実際にはトップや取り巻きに気にいられるかどうかで人事も決まるので、物言わぬ人たちの組織となり、自浄作用も働くなくなります。
当然腐敗が起こってきます。見て見ぬふりをしないと、どんな災難が降りかかってくるかわかりません。そこまで踏み込めなかった経営委員会は、いったい何だったのでしょうか。

権力と手を組む

ナベツネと海老沢会長がそっくりなのは、権力をどうやって握ったかです。ナベツネは大野伴睦の番記者になり、そこから政界に食い込み、政界への影響力で読売のトップに上り詰めたといわれています。海老沢会長は、現在の平成研、かつての経世会人脈を掴んでNHKに返り咲き、トップになった人です。本来は、権力の監視役としてのマスコミのトップが、時の権力者とつるんでマスコミを牛耳るというのは最悪であり、まるで発展途上国を見ているようです。
特に、ナベツネは、学生時代は共産党員でしたが、それは良いとしても、転身の仕方が良くないですね。昔、自由民権運動の闘士だった徳富蘇峰が藩閥政府に身売りして、自分が主幹をしていた「国民新聞」を民権運動弾圧の御用新聞にしてしまったのと同じことをやっているように感じます。
西武の堤さんもよく似ています。政界にパイプを広げ、影響力をつくっていきました。

理念、存在意義を見失った組織

多チャンネル化が進み、また通信の発展によって、NHKがなぜ存在する必要があるのかという意義がぐらついてきています。この海老沢会長は、かつての上司であり、自分を関連会社に飛ばした島元会長と全く違う路線を選択します。娯楽・芸能路線です。視聴率重視の方針でした。それでは、民放と同じです。なぜNHKなのか、なぜ視聴料を貰っているのかということを踏み外しています。
視聴率でなく、NHKならばの評価基準を持つというのが本来の姿ではないでしょうか。一例ですが、そうなって以来、高い視聴率がとれないアマチュア・スポーツの放映が激減しました。
理念を失っているのは、読売もそうです。プロ野球問題に関する社説で、はからずもその体質があわわれました。西武もそうです。本来の鉄道事業をどのように発展させ、地域の豊かさをつくるかではなく、ひたすら「土地で儲ける」「レジャー事業で儲ける」ことしか考えず、それが裏目にでました。
社会保険庁も、税方式にすれば存在する必要のない組織です。なぜ、自分たちの組織があり、どのように社会に貢献をしないといけないかという理念がまったく感じられないのです。儲かればいい、政界などで地位を得ればいいという個人的動機、政治が決め、それで仕事があるからするだけというのでは困るのです。

言いたいことはいっぱいあります。皆さんも同じ気持ちだと思います。さて、こういった権力におぼれた独裁者が社会を敵に回してどれだけ耐えれるのでしょうか。その場しのぎはできても、長期的にはきっともたないだろうと思います。またそうあって欲しいと願うばかりです。

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