少し風邪から立ち直りました。みなさまからの暖かいお言葉に改めてお礼を申し上げます。
さて、鈴木宗男・前衆議院議員に実刑判決がでました。あっせん収賄や受託収賄など4つの罪に問われた鈴木宗男被告に対して、「全国民を代表する衆院議員として内閣の要職も担っていたが、支援者からわいろを受け取って国民の信頼を裏切り、国会議員に対する不信感を醸成した」として懲役2年、追徴金1100万円(求刑・懲役4年、追徴金1100万円)の実刑判決が下りました。
政治家の犯罪も、モラルの退廃もいまにはじまったことではありませんが、ほんとうに目に余ることが多いですね。一国の首相が、年金問題で、「人生もいろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」と自らの疑惑をごまかしても、たいした問題にならないというのも情けないことです。どうも犯罪に関しても、モラルに関しても日本は政治家に甘いのではないでしょうか。
党の都合よりも大切な問題ではないか
問いたいのは、小泉さんの発言にしても、なぜ野党だけでなく、与党側からももっと問題にしなかったのかです。日本歯科医師会のヤミ献金事件でも、与党の問題の対処が消極的で歯切れの悪さを感じます。
モラルよりは政局に都合がよい悪い、自らの党利党略に都合がよい悪いで動いてしまうという体質を感じてしまいます。モラルよりは目の前の利害が大切だということでしょう。果たしてそれでよいのかと思いますが、また国民も政治家のモラルの退廃には寛容です。あきらめきっている感があります。あきらめて投票にすら参加しないことが、さらに政治家のモラルの退廃を許しているのではないでしょうか。

戦後が政治家を甘やかした
どうも、そういった背景には、戦後の混乱期からの古い時代感覚をひきずったまま、大きな改革がなかったことに原因があるように思えてなりません。1955年に、自由党と日本民主党が合併し、社会党との2大政党の体制がスタートします。いわゆる55年体制です。当時は、日本の政治は資本主義を守るということで経済界も自民党を支援してきました。さまざまな疑獄事件があっても、犯罪を問うというよりは、資本主義、自由主義を守ることのほうが重視されてきたというのが正直なところだと思います。また結果としてはそれでよかったのかもしれません。そのなかで政治家が少々のことをやっても許されるという甘えが生まれてきたのではないでしょうか。
また対立しているはずの社会党も結局は国民の不満の緩衝材、自民党の補完的な役割しか果たしてきませんでした。自民党からの、国会対策費の名目で資金のおこぼれにあずかるというのが実態でした。
その後、田中角栄内閣の日本列島改造計画が始まり、地元の利権と政治家の利権とが強く結ばれていきます。少々の犯罪があっても地元のためにやってくれたのだからということで、選挙の禊ぎで復活するという構図ができあがってしまいました。あまりにもおおざっぱだとお叱りを受けるかもしれませんが、その延長戦上に、まだ日本の政治があるよように思えてなりません。そういった戦後復興期と、高度成長期で培われた体質から抜け出せていないと感じます。

もっと人数を減らしたら?
時代は大きく変わりました。地元に利益誘導しようとしても、財政難で予算がありません。日本の経済を支えている産業にとっては政策誘導をする必要性もありません。日本が健全な状態に保たれていたらよいのです。もはや個々の業界の利益誘導や政策誘導は、日本の経済にとっても、国民にとっても、なんらの利益ももたらしません。そういった関係を自ら絶つという自浄能力が求められてきているように思います。
それよりも、日本の将来の発展や維持にむけてどのような政策を行うかに焦点があるはずです。政治家にはもっと国民の将来に向けての責任ある態度を見せて貰わないと、なんのために、そんなたくさんの国会議員がいるのか、そのために多額の税金を使っているのかという不信感がつのるばかりです。自民党と民主党の議員が手を繋いで、視察という名目でラスベガスに遊びにいくという感覚も正して貰わない限り、官僚の腐敗をただすこともできないはずです。
国会議員が多すぎて、国民から議員個々の活動が見えないことにも問題がありそうです。暇な人はろくな事を考えません。もっと減らせば、競争原理が働いて、政治家の質も高まり、モラルの意識も高まってくるかもしれません。

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