中国に対してトランプ大統領がしかけた報復関税に、経済の足元が揺らぎはじめている中国は抵抗できず折れるだろうという希望的観測が一部に流れていましたが、見事に外れ、中国も同規模の報復関税のカードを切り、ついに米中間の激しい貿易戦争の火ぶたが切られました。

米中間の貿易戦争は、1930年代の大恐慌を悪化させ世界を戦争に導いた貿易戦争以後、最大級の規模だといいます。しかも、まだまだエスカレートする気配です。トランプ大統領は中国が譲歩しなければ、「最初は340億ドルだが、さらに2千億ドル、次は3千億ドルと増やす」と追加制裁を宣言しており、まるでポーカーゲームのように、「習近平さん、もうあんたの負けだ、さあ降りろ」といわんばかりに強気です。しかし、中国も一歩も引かない構えです。

トランプ大統領の強気は、米国の中国からの輸入額は中国の米国からの輸入額の4倍近くあり、米国のほうが切れる有効なカードが多いと考えているように見えます。実際には、ビジネスは相当入り組んでいるのですが、そんな認識はトランプ大統領の頭にはありません。制裁対象のなかには、中国で生産はされてはいるものの、実質は海外製品で、とうぜん米国製品も含まれてきます。中国製品であっても、部品や素材は米国などから調達しているというものもあります。

貿易戦争というだけでは、世界の先進国は、日本も含め、すでにモノの交易で稼ぐ時代から、資本で稼ぐ時代へと構造変化しているので、関税戦争では、業界や企業によっては受ける影響の違いはあっても、日本全体、また世界の経済が大きく揺らぐ時代ではありません。だからトランプ大統領が無理難題をふっかけたとしても直ちに負の結果がでて、政策の失敗がクローズアップされる可能性は低いと思われます。

それよりも、米中間の貿易戦争が深刻なのは、互いの報復関税によって起こるだろう経済的影響、たとえば各国の景気やGDPへの影響などの目先の問題にとどまらないことです。高い関税がかけられることよって混乱が起こるでしょうが、それよりも、これまで世界が築き上げてきたルールと秩序の時代が危機にさらされてきているほうがはるかに深刻です。

ルールと秩序を無視したパワーゲームの時代が始まり、一方的な押しつけと、駆け引きが支配する時代に向かう危うさを感じます。ルールと秩序が破壊されると投資リスクも高まり、国境を超えて形づくられてきた経済の仕組みも安定を失い、世界経済が縮小に向かいかねないからです。

さて、この貿易戦争は中間選挙が終われば収束に向かうのでしょうか。トランプ大統領を動かしている原理は、駆け引きに勝つことです。相手を駆け引きの場に引きずり込み、強硬なカードを切ることで国内外の関心を高め、駆け引きの勝利を演出することで国内の支持率を上げようとしていることが透けて見えます。

しかも、トランプ大統領は、なにかの理論や、理念があるわけではない、駆け引きに長けた「商売人」なので、相手の出方、ゲームの流れの読みによって、態度もコロコロ変わることがあります。それも駆け引きのための揺さぶりになっているかのようです。核放棄をめぐる北朝鮮との間でも話がちがうと北朝鮮が不満をいい始めていますし、また5月に通商摩擦を緩和しようと米中間で行われた協議での合意を、「産業として重要な技術」への関税といった措置の追加をちらつかせ、トランプ大統領がちゃぶ台返しをした顛末もそのことを象徴的に物語っています。

米中通商協議、折り合いつかず閉幕 - WSJ

おそらく、中間選挙が終わるまでは、トランプ大統領は強気を崩さず、また習近平も動くに動けない、引くに引けない状態が続くのでしょう。ほんとうに状況が変わるのはその後ではないでしょうか。問題はどう変わってくるのかです。

中国はEUとの共闘でトランプ大統領の保護主義を抑えようとしていますが、もしEUが中国との共闘を行えばトランプ大統領の攻撃の矛先がEUに向かうことは避けられないでしょうし、またEUと中国の間でも摩擦はあり、また人権問題も障害で、そうそう中国の思惑が通りに進むとは思えません。

中国も打つ手を失っています。そして、米中間の貿易戦争は、もっと違う経済摩擦につながって行く可能性が高いのです。関税による中国への制裁は貿易赤字という不均衡是正のために課せられているだけでなく、知的財産権侵害や先端技術の流出に対しての歯止めのための制裁だからです。

中国からすれば、利益が低い「世界の工場」から、イノベーションや技術を生み出せる経済大国に脱皮、また進化しなければ成長の壁がやってきます。そのためには知的資源を外国から吸収する動きを強めてききています。

その最大のターゲットは米国です。中国はさまざまな形で、たとえば企業買収や、留学生を送り込むこと、人材の引き抜きなど、あらゆる手段を通じて米国から吸収しようと動いてきていることは明らかです。
アップルの元社員が中国行きの航空券を予約し、自動運転車用回路基盤の設計図を不法にダウンロードして逃走中にサンノゼ空港で逮捕されたというまるでスパイ映画さながらの事件も起こりました。

米国は、どんな手を打ってでも先端技術の流出を防ごうとしています。そうでなければ、技術の流出で競争力を低下させてしまった日本の二の舞になってしまいかねません。しかも、知的財産の流出は、安全保障体制にも影響を及ぼすので深刻です。

そのために投資規制などを議会と一体となってトランプ政権が進めようとしていますが、それはやがて多くの国を巻き込んだ広範囲な経済戦争へと変貌していく可能性が高いと思われます。先端技術流出を防ぐために、さまざまな規制がかけられてくるのでしょうが、それは日本も対岸の火事だと高みの見物ができるというものではなく、当然日中間の経済活動にも規制の網がかけられてきます。

そう考えると、トランプ大統領が始めた中国との間のパワーゲームは、トランプ大統領独特の個性が生んだ産物というよりは、歴史の必然として生まれてきたのかもしれず、米国の中間選挙の結果によらず、世界を巻き込んだ経済戦争の時代の到来を感じさせます。

そんな経済戦争のなかで、日本が何を強みとして、どのようなポジション取りを行える可能性があるのかを構想する力が求められてきているように思えます。官僚には、もはや日本の経済を構想したり動かす力はありません。それよりは、重要なのは民間の知恵と力をいかに引き出すかではないでしょうか。

求められているのは、アベノミクスのように、なにかの政策を打ち出すリーダーではなく、国民、民間主導でのさまざまな議論とチャレンジが生まれてくる環境をつくることのできる新しいタイプのリーダーだ思えてなりません。
終わりが見えない、しかも経済戦争に広がりそうなトランプ大統領の貿易戦争の時代は、目先ではなく、先を見据えた視点づくりが重要になってきそうです。