強いアメリカを取り戻す。貿易赤字は海外企業が米国から富を盗んだ結果だと物言いをつけ、トランプ大統領が、米国の貿易赤字相手国に対する高関税爆弾をしかけたとたんに、中国やEUが報復関税弾を打ち返し、まさに貿易戦争の様相となってきました。そんなさなかに、まっさきに白旗をあげたのがなんとトランプ大統領がメイド・イン・アメリカとしてお気に入りのハーレーダビッドソンでした。
EUが報復関税をかけると言ったとたんに「自由貿易を支持する」とトランプ大統領の保護主義政策に反対声明を出し、欧州向け二輪車の生産を米国から国外に移すと表明したのですから、トランプ大統領の足元を覆す象徴的な事態が起こったのです。

トランプ大統領は、3日間にわたりツイッターで、ねちねちとハーレー批判を繰り返したようですが、どうも実態がよくわかっていないのではないかという疑念までもが発覚したようです。

ハーレーは確かに、米国でバイクの大部分を生産していますが、すでにブラジルやインドでも組立工場を開設しており、タイにも建設中で年内に生産を開始する見通しだというのに、勝手に、ハーレーは米国ですべてが生産され輸出されていると思い込んでいた節があります。

確かに、ハーレーは自由なライフスタイルを象徴するアメリカのブランドです。しかも市場が伸びない二輪車市場で、ものづくりからファンとファンの絆づくりまでを包括したビジネスモデルで、モノを売る前にライフスタイルを売るマーケティングでも注目され成長してきた企業です。

しかし、EUへの輸出関税が6%から31%に引き上げられるというのでは、なんらかの手を打たなければ、販売の2割以上を占めるEU市場を失いかねません。

相手国とのディール(駆け引き)を有利にして二国間交渉にもちこみ、有利な条件を引き出そうと放った関税政策がハーレーの経営を脅かし、それを回避するために、EU向けの生産拠点を変えると言ったにすぎません。

トランプ大統領の行動原則は、外交にしても、経済政策にしても「ディール(駆け引き)に勝つこと」です。そして「ディール(駆け引き)」を劇場化し、アメリカが勝ったことを演出し、自国の支持者を広げることです。

しかし、さまざまな複雑な関係で成り立っているグローバル経済のビジネスでは、そうはいきません。サプライチェーンも国境を超えており線引が困難です。しかも市場にとっては、どこで生産されているのかより、どこのブランドかのほうがはるかに重要になってきています。

ビジネスにとって重要なのは、それぞれの市場であって、そこでどれだけのファンを広げ、販売にむすびつけるかの「マーケティング」であって、決して「ディール(駆け引き)」ではないのです。

「モノを売る」ことから脱皮し、グローバル市場で共感でつながった顧客を持っているハーレーにとっては、トランプ大統領がお得意の不動産ビジネスと違って「ディール(駆け引き)」が長けていれば、ひと儲けができるというような世界ではなく、顧客満足を積み重ねていってはじめて勝者になれます。トランプ流のビジネス観とは水と油です。

しかも、ハーレーにとってのビジネスの脅威は、ライバルの海外二輪車メーカーと言うよりはライダー人口の高齢化、またそれにともなうライダー人口の減少で市場がやせ細っていくことでしょう。

最近、国内でも直営店が閉鎖された姿を相次いで見ているので気になっていたのですが、やはり二輪車の市場では成功してきたハーレーの経営ですら、黄色信号が点灯し始めているようです。ライダーの高齢化やライダー人口減もハーレーを支える先進国市場ではどこも同じです。敵や味方で単純に線引できる時代ではないのです。

トランプ大統領の経済政策は、特定の凋落しつづけてきた古い工業地帯や田舎では人気取りができたとしても、アメリカ経済をさらに弱体化させかねない、危なっかしいリスクを抱えています。今回のハーレー・ショックは高関税政策が米国企業にとってもマイナスだという警鐘でしょうが、やがてアメリカの消費者にとっても不利益になってきます。ウォルマートやナイキなどの米企業に商品や素材を供給する中国の大手製造業者も標的に含まれているからです。

というか現代のビジネスがどのような経済のしくみや構造のうえで動いているかをトランプ大統領は理解していない怖さを感じます。

トランプ大統領の貿易戦争では、アップルのiPhoneはすべて中国の工場で生産されているので高い関税をかける必要がありますが、さすがにそれは避けたようです。その見返りに国内に大きな投資をしてもらえるとクックCEOと約束したとご機嫌のようですが、投資するのは鴻海で、それを勘違いをしているのではないかという疑いもあるようです。

トランプ大統領の迷走はとどまるところがありません。政策の失敗のブーメランがトランプ大統領に戻るならしかたないとしても、その代償を日本も別のカタチで求められる事態がやってくる覚悟も必要かもしれません。トランプ大統領の、理念のない、アメリカ第一主義では、アメリカとうまく付き合えば日本の安全保障は安心だ、しかも自国で抑止力を整えるよりは安くつくという時代も終わろうとしているように感じてなりません。

さて、ハーレーは映画にたびたび登場しています。もともとハーレーの自由なライフスタイルのコアな価値を描いたのは1979年に公開された「イージライダー」だと思いますが、次回はそれについて触れてみたいと思います。