トランプ・金正恩の米朝首脳会談の評価が分かれています。いわゆる専門家といわれる人から見れば、北朝鮮に有利な合意文書であり、肝心の非核化については2005年に交わされた米国、中国、ロシア、日本そして南北(韓国と北朝鮮)の6か国の合意からもはるかに後退したものに終わってしまい、金正恩の一方的勝利に終わったという否定的な見方が目立ちます。米国のマスコミの多くもそのような展開のようです。果たしてそうなのでしょうか。
結論から言って、トランプ大統領自身の言葉のように、実際にどうなっていくかは、いまの段階ではわからないというのが正直なところでしょう。ボールは金正恩に渡されたのですから。ただ、今回の首脳会談に至る外交プロセスは、これまでの伝統的な外交プロセスとはまったく異なるアプローチだったことは否定できない事実です。

なにが違ったのかですが、例えばかつての6ヶ国協議では、外交、また核に関しての専門的な知識や経験を持った実務者同士が協議を重ね、互いにすり合わせ、緻密に積み上げて合意に至ったものです。しかし、今回の米朝首脳会談に関しては、すくなくともトランプ陣営は、ポンペオ国務長官にしても、CIAのキャリアは長くとも、外交や核問題で専門的な知識がとうていあるとは思えない陣容で準備が進められ、まずは握手でした。アプローチが違います。「トランプ式」は「最初に手打ちし、難しい詳細に関する合意は後から詰める」(WSJ)ものでした。

会談にあたって目指したゴールも違います。かつての6ヶ国協議では、北朝鮮の非核化が成果目標でした。しかし今回は「永続的で安定した朝鮮半島の平和体制」を実現することであり、トランプ大統領が幾度も繰り返していたようにその実現に向けた「包括的な合意文書」です。言い換えれば、さあ両国で協力して問題を解決していこうよという手打ちのためのラフな文書にすぎませんでした。

もっと突っ込んでいえば、トランプ大統領にとっては、「非核化」というハードルの高い問題を、極めて重要であってもゴールではないとして、先送りを行いました。目標は、あくまで、米朝間の、あるいは北東アジアの歴史を塗り替えることであり、その希望や期待を米国民に感じてもらうことだとしたのです。目標をより上位に定義しなおすことで、曖昧にするほうが、成果を感じやすい演出ができ、米国民からの信頼を得ることができる、直近では中間選挙で勝つことができるとしたのでしょう。

だから合意文書は「時間がなく」、たとえ十分に練られていなくとも、記者会見の場で流した動画は用意周到に準備されていたのです。

さて外交の専門家、つまり官僚が精緻に積み上げる外交と、「トランプ式」のように双方の信頼関係をつくりとそれを積み重ねようとする外交ではどちらのほうがいい結果を生み出すのでしょうか。「トランプ式」はビジネスの世界では常識的なアプローチのひとつですが、結果は歴史が証明することを待つしかありません。

ただ重要なことは、ブッシュ政権化で進められ結ばれた、緻密で間違いのなかったはずの6ヶ国合意がその後どうなったのかです。ご存知のように破綻してしまい、今日にいたっています。

別に北朝鮮を擁護するわけではありませんが、北朝鮮が一方的に合意を破って暴走したように誰もが思っているのではないでしょうか。しかし実際の経緯を見るなら、かならずしも、そうとは言い切れないようにも感じます。なにせ、当時の米国の大統領は、イラクに大量破壊兵器があると間違った情報を流して軍事介入し、フセイン政権を崩壊させたブッシュでしたから、どっちもどっちショーだったのかもしれません。

6ヶ国合意が破綻したのは北朝鮮に核施設の封印を解き、使用済み核燃料棒の再処理を開始した2009年4月です。北朝鮮が、突然、人工衛星という名目で長距離弾道ミサイルを発射し、それに対して安保理の議長が非難声明を出したことで一挙に崩壊してしまいました。しかし、少なくとも、合意がなされた4年数ヶ月の間は、決してスムーズとはいかない面があったとしても、実務者間でも双方の交流とやりとりが積み重ねられてきたことは事実です。

専門家や官僚が積み上げた緻密で、間違いのないはずの計画が虚しく破綻してしまったのです。細かに分析すれば、さまざまな要因はあったのでしょうが、互いが不信感を持ち、ひたすら北朝鮮の「非核化」を進めさせようとした結果、北朝鮮の不満が一挙に爆発したということだったのではないでしょうか。

官僚や専門家、また評論家にとっては、論理的に破綻しないプロセスの完璧さが重要です。その目からすれば、今回の「包括的な合意」は、あまりにもアホな素人の限界、ずさんさが目に余ります。しかしトランプ大統領や、おそらく金正恩からすれば、そんな人たちの思っているようには政治は動かないのです。

不信感や敵対意識ではなく、金正恩を持ち上げ、信頼をつくることから交渉を始める。まるで不動産を売る営業マンのようなアプローチを「トランプ式」は見せていました。

そして安倍総理の取り巻きの人たちは、日本が蚊帳の外だという批判に強く反発していますが、それよりもさらに悪い状況ではないでしょうか。蚊帳の外どころか、深くコミットして、資金を提供してくれる友人であり同盟国なのです。

「トランプ式」取引では、なにかで困っているクライアントに、解決への道筋をつけるサービスを提供することはまたとないビジネス・チャンスとなります。古い日本の商習慣なら、それでプレミアムなサービス価格がつきません。しかし、どちらが取引で優位に立っているのかで、条件も対価の大きさも決まってくるのが今日のビジネスの常識です。

トランプ大統領にとっては、日本は武器を今後とも購入してもらえるいい顧客だけでなく、「非核化」の資金をさらに引き出す重要なパートナーです。しかもどんどん頼ってくれるいい顧客ですから、蚊帳の外に置くわけがありません。

対北朝鮮問題、対日本外交でも、ビジネスの視点でみれば、わかりやすい「トランプ式」ですが、やるべきこと、やれることはやったとしても、結果は神のみぞ知る世界です。とくに、初めて挑むチャレンジはそれだけリスクも伴います。

ただ少なくとも6ヶ国語合意に見られた「官僚式」は、プロセスを積み重ねば重ねるほど、互いの不信感を生んでしまいました。どうなるかわからないにせよ、互いに信頼を築くことを目標として協議を重ねていこうとしている「トランプ式」は、どう評価するにせよ、戦略がまったく異なるという視点が必要だと思います。