横綱日馬富士が引退を決意したニュースが流れています。貴ノ岩への暴行事件が発覚したことが、残念な事態にまで進展してしまいました。この事件で感じたのは、ひとつは相撲協会が組織として機能していないことと、テレビの報道番組や情報番組が、なにの情報もないままに、ネチネチとしつこく取り上げ、日馬富士だけでなく、相撲界を、そしておそらく貴ノ岩をも追い詰めてきたことです。まるで、テレビ局がスクラムを組んで生贄を血祭りするかのようでした。
相撲協会については、横綱審議会や評議員のなかに民間の方が入って支えていらっしゃいますが、今回の貴乃花親方の不可解な行動が象徴するように組織の体をなしていません。

数多くの独立した部屋を束ねるには高度なマネージメントの力量が求められますが、それを相撲一徹でやってきた親方に求めるのは無理があるということでしょう。巡業中の不祥事なら、巡業の責任をもっている貴乃花親方です。しかし、組織人としての責任ある行動をしているとはとうてい思えません。

それにしても、テレビの報道番組や情報番組の暴走が止まりません。今回の相撲に限らず、どの局も視聴率を取れそうな同じ話題に殺到します。しかも、同じコメンテーターがあちらの局、こちらの局に渡って話をするので、耳にタコができそうです。取材でこれと言った情報を得ているわけでもないままに、誰かを台に乗せ、まるで静かに血祭りを仕上げていくかように、しつこく取り上げ続けます。そして自分たちは良心ある市民の代表だと装うのです。

異様なのは、司法に任せればいい問題も、自分たちの手で、なにか事態を究明し、裁こうとしているかのように見えるところです。そこにさらに外野席から乱入があり、さらに問題を混乱させます。あげくに、今回の日馬富士問題では、キャスターやコメンテーターが真実が分からないと不満をぶつけるのです。テレビ局は司法でも、裁く立場でなく、まして番組を盛り上げるために犠牲者をつくりあげる権利などありません。

なかには、悪質なコメンテーターが、証拠もないままに、その筋からの情報だといかにも得意気に語るのを放置する番組もあります。それを売りにする悪質なコメンテーターも当然生まれてきます。それは、テレビがデマを流すことを放置しているのです。それで視聴者に特別な情報を提供したと錯覚しているのでしょうか。

心配するのは、今回の、日馬富士問題の一連のしつこい報道で、日馬富士が追い詰められただけでなく、被害者側の貴ノ岩も同様だろうということです。いつも厳しい稽古をやっている力士が、部屋の片隅に隠され、連日の番組を見れば、精神的にも厳しいのではないでしょうか。ちらっと出された本人の写真では、体を動かさないで、食べるだけの生活で顔がむくんできているだけでなく、憔悴している表情が伺えます。

裁くのはテレビではないです。もっと他に取材し、報道しなければならない事案はいくらでもあるのですが、深く取材するゆとりがなくなったのか、次第にパパラッチ化してきています。テレビ局は、みんなで信号が変わるギリギリのタイミングで黄色信号を渡って、視聴率を取りに行っているつもりでしょうが、気がつくと赤信号だったというのが昨今ではないでしょうか。

そんなに同じような番組しかつくれないというのはテレビ局が多すぎるという状態だということです。電波問題に詳しい池田信夫さんによれば、テレビ局が使っている周波数には、実際には空き地がたくさんあり、それをオークションにかければ、「UHF帯で200MHz売ると2兆円近い価格がつくと予想される」ということですから、そこに居座って、使わない電波も、我が縄張りだと主張するテレビ局に他人を責める資格があるのか疑わしいところです。