川崎の中1の上村遼太さんが残忍な方法で殺害された事件の報道に接するたびに心が痛みます。また本当に防げない事件だったのかとの疑問も湧いてきます。それにしても、まだ犯人が特定されていないにもかかわらず、ツイッター上を『犯人』の写真や写真のリンクが流れ、それを辿ると、なかには在日問題と関係づけているサイトも登場する始末です。野次馬根性というか、病気じゃないでしょうか。もし犯人と違ったらどう責任を取るのでしょう。
川崎中1殺害事件「○○って人が犯人らしい」 実名、顔写真がネットで拡散、法的責任問われる可能性 : J-CASTニュース

それにしても上村遼太さんが部活を辞めたのが昨年夏、そして中学にまったく登校しなくなったのは今年の1月8日から、そして殴られ顔が腫れ上がった写真まで友人が持っていた・・・しかも殺されるかもしれないというメッセージまで届いていた。なぜ、それだけの兆候があったにもかかわらず、みんなが何のアクションも起こさず、放置したままになっていたのかに疑問を感じている人は多いと思います。通り魔のような事件、突発的に起こった事件ではなかったのです。

なぜ親は気づかなかったのか、腫れ上がった顔を見ても放置したのかも不思議です。夜中に出かけるままにしたのか・・・保護者としての義務がまったく果たされていません。

顔が腫れ上がったことが判明した時点で、もう暴行傷害事件そのもので警察に連絡すべきでした。

また、夜回り先生の異名をとる水谷修さんが朝のテレビ番組で怒りを露わにご指摘でしたが、担任が度々連絡していたと発表していたけれど、実際には本人は会っていません。これだけ連絡したというリストが示されていましたが、まるでアリバイづくりのようにも見え、まったく学校の生活指導も学校警察連絡協議会や補導連絡会等も機能していなかったのです。学校も教育委員会も無責任そのものだとされていましたが、まったくそのとおりだと思います。

子供の保護に厳しいフランスなら、親も担任も関係各位は逮捕されるのではないでしょうか。

しかし番組内で、水谷修さんの怒りへの羽鳥アナの鈍い反応を見ると、そういった無責任を無責任と感じない鈍感さ、防ぎようがないのではという諦めの感覚が社会に広がってしまっているのかもしれません。

今回の事件は、親、学校、社会の無関心、不作為がつくりだした空洞地帯のなかで、逃げることもできず、恐怖のなかで、狂気そのものの卑劣な犯人に殺害されてしまったということではないでしょうか。さぞかし上村遼太さんは無念だったはずです。

子供は生きて教育を受ける権利を持っていて、その権利を守る義務が親にも学校にも社会にもあることを再度深く認識する必要があるでしょう。こんな痛ましい事件が二度と起こらないよう学校や社会に努力が求められているのだと思います。


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