もう歴史の記念物というポジションでありながら、それでも生命力だけは維持している社民党が「強い国よりやさしい社会」というキャッチコピーのポスターを発表しました。言葉の遊びなのか、単純すぎるのか違和感を覚えます。それに、グーグルで「社民党」でニュース検索してみると、スポーツ紙がまずはヒットするというのも現在の社民党ならではかもしれません。
このキャッチフレーズを見て、条件反射のように頭のなかで、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説のなかで登場する探偵フィリップ・マーローの有名な台詞が浮かんできました。
If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle,
I wouldn't deserve to be alive.
訳者によって翻訳は異なっていますが

タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。
(生島治郎訳)

という感じでしょうか。

「タフ」、つまり「強い」ということと、「やさしい」ということはなにも対立するものではないというのが普通の感覚ではないでしょうか。というか、もっといえば厳しい局面にも立ち向かえる「強さ」、行動の責任をとる「強さ」がなければ、本質的にはやさしさを感じる行動は期待できないという実感を持つ人が多いはずです。

甘い言葉、やさしい言葉はかけてくれても、頼りにならない、結局はなにもしてくれないというタイプの人ならまだしも、甘い表情、やさしい言葉で、期待だけさせておいて、その場を取り繕うだけとか、もっと酷いと甘い表情、やさしい言葉で巧みに騙す詐欺師もいるわけです。

世界の社民勢力がかつての東西冷戦時代から大きく変わり、いまでも政権を担う勢力として生き延びてきたにもかかわらず、日本の社民党は、政権を取るという高い志も放棄し、現実に背を向けたまま、時代に適応することもなく、凋落しガラパゴス政党となってきました。

普通の感覚なら再建をめざそうとなるのでしょうが、そこは縁起物としての立場を貫く構えを崩さず、さらに安倍さんの「強い日本」に対抗する「やさしい社会」を並べるというのは、いくらなんでもちょっと芸がなさすぎます。

アップルが、ジョブズ亡き後に、新しい体験、はっとするサプライズを提供しなかったために、スマホのコモディティ化の影響をうけ、増収ではありながらも、利益を落としてしまいました。

政治の世界でも、はっとする新しい発想を持ち込んでいかないと政党としての価値は高まってきません。従来型の発想の延長では、日本が抱えている課題を乗り切っていけないと多くの人が思っているからです。

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ノマド化する時代 (ディスカヴァー・レボリューションズ) [単行本(ソフトカバー)]

「強い国」という発想も、すこし方向が違うかなとは感じます。長期的に見れば、大石哲之さんが「ノマド化する時代」で書かれているように、企業も、個人も国境を越えていく流れがさらに加速していく時代に向かって行っているでしょうし、しかも、今時の若い人はそれでもやっていける資質を持っている人が多いとは思います。

まずは社民党がもう化石だと感じられている古いパラダイムから抜け出し、社会貢献していただくことを願いたいものです。

出る杭を打つのではなく、ノマド化していく時代に適応できるタフな人材、タフな企業を生み出せる社会の意識や基盤づくり、しかし弱い人たちも活躍できる場所のある「強くてやさしい社会」、また敗者にも再チャレンジのチャンスを与えてくれる「強くてやさしい社会」の実現をぜひとも目指していただきたいものです。