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テレビがどんどんつまらなくなってきています。チャネルを変えても出演しているタレントやコメンテーターの顔ぶれも変わらず、報道番組もまるで田舎芝居のようにワイドショー化してきています。そして話題になるのは視聴率の低下ですが、視聴率どころか、そもそもテレビのスイッチを入れている世帯の比率(HUT)が年々低下してきているのだからお寒い状況です。テレビが斜陽産業化したといってももはや誰も驚きません。
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主要テレビ局の複数年に渡る視聴率推移をグラフ化してみる:Garbagenews.com :

視聴者が離れていっていることは、テレビの市場のパイが縮小してきていることに他なりません。じわじわと縮小してきている市場で、視聴率を取り合う競争が繰り広げられています。そのことが確実なウケを狙った番組づくりとなり、番組の個性を失わせる悪循環にはまりはじめているのかもしれません。しかも、テレビにでる人たちも消耗品化し、テレビに出すぎた人は最初は尖った感じが人の注目を集めますが、やがて飽きられて、えっ、まだいたのとかになってしまいます。

そういえば、先週フジテレビの「知りたがり!」で、西友の躍進の理由について電話取材を受けたので、今日の番組で、声だけ流れるかもしれません。以前も取材を受けたことがありますが、結構、制作スタッフの涙ぐましい努力を感じさせられます。

それだけ斜陽化していても、稼ぎのほうの広告費は昨年が1兆7,237億円でで前年比99.5%と健闘しています。広告代理店の努力の足跡でしょうか。というか、あらゆる世代に広告を流す手段は今のところ、やはりテレビとなってしまいます。いくらインターネット広告が伸びてきているとはいえ、制作費を含めてやっとテレビ広告のおよそ半分に近づいているところです。

しかし、テレビはいくら経営努力を行なっても、もう視聴する人を増やすことも、かつてのように視聴率を稼ぐことはできません。もうテレビ局がいくら頑張っても抵抗できない時代の大きな流れが起こっているからです。

3つの激流がテレビに襲いかかっています。

ひとつは、インターネットの激流です。インターネットに時間を奪われてきています。スマートフォンでソーシャルゲームに集中していたり、ツイッターのタイムラインを追っていたり、ニコニコ動画やyoutubeを見ていれば、たとえテレビのスイッチは入っていても番組は見られていません。

ふたつめは、生活時間の分散化の激流です。テレビを見る時間帯と、その人が見たい番組を流す時間帯とのズレが起こっています。これは製造業からサービス業で働く人が増えたので構造的な問題です。ブルーレイのような録画機があるじゃないかというふうに考える人もいるでしょうが、そもそも番組と出会うことがほとんどなくなってしまうと、録画したくなる番組があるのかどうかもわからなくなります。

みっつめは、興味・関心の多様化の激流です。より便利なモノを買って持つことが目標だった時代は終わり、どう時間を過ごすかに生活の関心事が移ってしまったので、興味・関心が人によって異なってくるのは当然の流れです。同じ内容でみんなに興味や関心を持ってもらうことが難しくなりました。

この3つの激流が合わさって、同じ時間にはひとつの番組しか提供できない、また時間や内容を視聴する人にあわせて変更できない限界を負ったテレビ局を襲っているのですから、もう産業としては時代に適応できなくなっているのです。

もうひとつあげるとすれば、テレビ局は広告費で稼いでいるのですが、マーケティングのツールとしては旧世代化してきていて、どんどん非効率なものになってきています。たまにF1層がどうのこうのとかという言葉で、さもマーケティングがわかっているというしたり顔をしている人がいます。

それは視聴率の集計区分が、男女とそれぞれの3つの年齢層しかなく、F1=女性20〜34歳、F2=女性35〜49歳、F3=女性50歳以上、M1=男性20〜34歳、M2=男性35〜49歳、F3=男性50歳以上という、もう実際に行われているマーケティングの対象層の尺度とはかけ離れてしまっています。

マーケティングの流れは、年齢よりも、なにに興味や関心があるのか、なにを価値と感じるか、またどのようなライフスタイルなのかなどで対象層を考えるようになってきているわけですが、F1層の視聴率が高いといわれても、どんな人が番組を見ているかが分かりません。今の時代に、20歳から34歳の女性が同じことに興味や関心があると考えるのは不自然です。だからF1層とかの言葉は、いまやマーケティングでは死語に等しいいのです。

つまり、いくらその層の視聴率が10%だったとしても、広告主がその広告をほんとうに見て欲しい人が半分しか含まれていなければ、実質的には視聴率が5%でしかなく、広告費は倍かかってしまっていることになります。

インターネット広告の場合は、バナーをクリックした人は、興味や関心があるからクリックしているので効率がいいし、クリックという行動をとった人を追跡する仕組みもあります。会議室でどんな人が買ってくれそうかを想定するかよりも、実際にクリックした人をとらえたほうが正確な潜在的な購買層がわかります。それを行動ターゲティングといいます。興味・関心があってクリックした人を追いかけたほうが購買に結びつきやすいのであれば、インターネット広告は効率的なのです。テレビが直接受けるインターネットの影響、また視聴者のライフスタイルや価値観の変化だけでなく、マーケティングのツールとしても価値が下がってくるのも当然です。


そう考えるとテレビ局はのんびりしています。その原因も3つ考えられます。

まずは電波帯の独占による利権があり、他に手を出すと自らその利権価値の低下を招きかねないという恐れです。
だからビデオ・オン・デマンドですら恐る恐るやっている感じとなっています。

第二は、赤字の局もでてきているけれど、まだ頑張って視聴率競争に勝てば利益がでるからです。マーケティングでは、市場はしばしば間違ったシグナルを発信してくるだから気をつけろという教訓があります。その間違ったシグナルに一抹の希望を感じ、間違った努力を続けてしまう間違いを犯すということの典型でしょう。

第三は、テレビ局に限らず経営の保守化、保身化です。新しいビジネスを起こすことにチャレンジする意欲が非常に弱いことです。

もうひとつあげれば、稼ぎから見れば、マーケティングのツールとして時間帯を売るビジネス、広告メディアにもかかわらず、マーケティングの知識もセンスも乏しすぎるということもあるかもしれません。

しかし、テレビ局はコンテンツを集めたり、生み出せる産業としては価値があります。しかも、ようやく日本の家電も3Dという悪夢のような暴走の教訓を得たからか、コマーシャルでもインターネット対応機種を訴求しはじめていますが、その世界はハードだけでは実現できません。

さまざまなプレイヤーが集まって価値が生まれてきます。いままでのテレビとは見るものの選び方の大きくことなります。「そういえば番組表って昔あったよね。ソーシャルネットワークで評判がいいから、そのリンクをクリックして」ということにもなってきます。しかしどう考えても、テレビ局の持つ番組コンテンツや、テレビ局に集積されている制作能力は、その新しい世界のなかでも占めるポジションは高いはずです。

ひとつの産業だけでな実現できない、多くの産業が集まって成り立つ世界、しかもそれを先導するリーダーとなる存在もいない世界をどう実現するかに、次世代のテレビの将来はかかっています。

ハードはいくらでもあります。また機能を上げることもそう難しい問題ではありません。では、どうすれば、テレビ局をそこに向かわせることができるのでしょうか。答えは簡単です。それぞれの局の経営に任せていても無理で、放送は許認可ビジネスですから政治が導けばいいだけのことです。

インターネットによるビデオオンマンド利用者数の目標値を与える、学校教育用に番組をインターネットで流し利用校の目標を与えることなど、一定の条件を満たさなければ、電波利権を奪う、あるいは電波料を上乗せすればいいだけです。それこそ政治主導による立派な成長戦略です。細かな問題は、総務省と相談すればと思います。政局ゲームで遊ばなくとも、まだまだ政治にできることはあります。番組内容に口を出さなければ問題はないはずです。
ちょっとした誘導で、日本の経営には「赤信号みんなで渡れば怖くない」という文化があり、それぞれの局が放送のイノベーションに向かって邁進していく姿を見てみたい、体験してみたいと思われませんか。

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