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デジタル時代は、思考がオン・オフになって、なにでも黒白をつける風潮になってくると考えている人がかなりインテリと言われる人のなかにも結構いらっしゃるようです。教科書のデジタル化や電子書籍などについても、それを拒む人の心の根底には根深くオン・オフ思考への警戒感やアレルギーがあるように感じます。はたして本当でしょうか。

たしかにデジタルなものを作動させるのは、オンとオフの原理です。しかし、デジタルが発展すると、それが気の遠くなるような膨大な組み合わせになってきます。それは利用する側にとってはブラックボックスで、電源のオン・オフぐらいしか意識することはありません。音声や画像をインターネット回線を通して見聞きするのも、原理はオン・オフです。しかし、私たちが見聞きするのは単純な音や光のオン・オフではなく、音楽やドラマを楽しんでいるのです。

実際、ビジネスの世界でも、デジタル技術が切り拓いた情報化で様変わりしました。コンピュータが典型的ですが、工業製品をユーザーのニーズに合わせてカスタマイズすることも可能にしました。システムの発展で、店舗面積も狭く、店頭在庫も少ない、商品の回転率で成り立つコンビニエンスストアという新しい流通も生まれました。
スマートフォンなどではインストールしているアプリ、あるいは保存している音楽や写真などのコンテンツもユーザーが選び、どれひとつ同じではない多様な使い方や楽しみ方を広げてきています。

デジタル時代となり、社会にインパクトをあたえ始めているのが、ソーシャル・メディアだと思います。ではソーシャル・メディアの世界は、黒白をつけるオン・オフの思考、あるいはオン・オフの関係で成り立っていると言えば、きっと違和感を感じてしまうのではないでしょうか。

マスメディアが主役だった時代には、新聞の社説、あるいは報道番組での解説が人びとの考え方を決める大きな手がかりでした。それは同時にマスメディアが世論を誘導し、結果としてどのメディアの考え方から情報を得るかによって、世論も賛成・反対と分裂、分断されてきました。いまになると、社説が劣化したのか、昔からその程度のものだったのかはわかりませんが、そういったマスメディアが上から押し付けている考え方を両手をあげて受け容れる人は少なくなってきました。そんなメディアへの耐性ができたのもソーシャルメディアの影響が大きいと思います。

今日は、ブログにしても、ツイッターにしても、フェイスブックにしても、そこで流れている情報は実に多様化しています。それぞれの人びとが、なにに関心があり、なにを大切だと思っているかのテーマも多様化し、またさらに、さまざまな視点、さまざまな考え方が膨大に流れてきます。まさに情報爆発といえる状態です。しかし情報爆発に抵抗感のある学者の人もいます。確かに情報が複雑化すると、ノイズも増えます。

しかし、私たちは逆戻りはできません。そういった情報の多様化、複雑化に慣れ、つきあっていかなければなりません。鉄道ができるまでの時代の旅はもっと情緒がありよかったといっても、新幹線がなければ困るのです。しかも、歩いて旅をすることも自由で、選択できる時代です。歩く旅がよかったから、誰が新幹線を廃止しろというのでしょうか。


さらに、情報の多様化や複雑化によって生まれる多様な情報のかけあわせが、新しい発想や知恵、またアイデアを生みだす、ちょうどカンブリア紀に多様な生物が突然生み出されたように、新しい発想が自ずと創発されてくるという考え方もあります。

そして現実は、仕事にデジタル技術が入ってきて、人は考えることに時間を割くことができるようになりました。かつては、なにかを調べようとしても資料を入手することが大変でした。時間だけでなく、費用も馬鹿にならなかったのです。仕事だとそれこそ、資料を所蔵しているデータセンターに年間何十万円も支払い、さらにそのためのスタッフも必要でした。

今では、インターネットで検索すれば、さまざまなことを調べることも、データを入手することもできます。つまりなにかの情報を得る手段に要する時間やコストが減り、アイデアやコンセプト、構想や計画を考える時間が増加したのです。

さらになにかを実行した結果も、かつてなら集計することで数日徹夜するといった経験を持っている人もいるでしょうが、いまでは自動的に結果をだしてくれ、なにが課題なのかを見つけることに集中できるようになりました。

もちろん、デジタルですべてが解決するわけではありませんし、実際に体験しなければ得られない感動、あるいは情報や知恵もあります。しかし、そういった新しい現実を素直に認めなければ、数々の誤解によって、デジタルの世界を脅威だと感じる人もいます。

デジタルの世界のオン・オフの原理と、組織を変革し、組織を動かすために黒白をつけることもまったく関係がありません。アクションを起こすためには、しかも古い仕組みを壊そうという時には、黒白をつけなければものごとは前に進みません。今の政治の混迷は、あちらも立て、こちらも立て、官僚や、有権者、またさまざまな組織、団体の顔色を伺うからなにも動かないのです。

橋下市長の「物事を何でも極端に白黒にわけて、黒はダメと一刀両断に切り捨ててしまう」 「自分に対する反対意見を徹底的に論破して否定し、多様性を認めようとしない」手法がデジタルなオン・オフの発想だと批判するために、世の中は、必要最低限のものだけでなく、ある程度の余地や重複がある状態が必要だという人がいます。一般論としてはそうかも知れないと感じるかもしれません。しかし、昨日取り上げた香山リカさんが書いた次の一節をもし素直にお読みになるとどうお感じになりますか。

同じような行政サービスは二ついらない、それは税金の無駄だと考えるのが現代の風潮です。 しかし、場合によっては、同じようなものが重複していることも、大切なことではないかと思うのです。

おそらくお怒りになる人が多いと思います。


こういった「ある程度の余地や重複がある状態が必要」という発想が、利権を持っている人たち、現状が居心地の良い人たちの支配を認めてきたのです。この考えでいくなら、国と地方の二重行政の無駄も大切、霞が関が外郭団体をつくって天下りの官僚を養うことも大切だとなります。では、それで人に優しい政治や行政が実現できたのかです。
本来なら、これからコミュニティや国を支える若い世代に投資できたはずの税金が、無駄な箱物、特殊法人、まったく効果のなかった農業政策、あげればキリがないほどの無駄な消費にまわされ、結果、子供を産み育てるハードルを高めてきました。しかも巨額の借金をつくってしまいました。

社会が複雑化してきたから、また価値観の多様化が起こってきたからこそ、アクションは、なにをめざすのか、また目標をどこに置くのかは明確でなければなりません。論議をつくしても、最終的には、そうすると意志決定しないと人も組織も動かないのです。デジタル時代は、オンとオフだとか、デジタル時代はゆとりも遊びも失うという考え方を、あれこれ当てはめ、駄目だとすることは避けてほしいものです。

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