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内田樹先生が朝日新聞によせた「情報格差社会」は、引用でしか読んでいなかったのですが、ご本人がブログに掲載され、また追記されたので、疑問点を書いておきます。インターネットによる「情報のビッグバン」が起こったことで、内田先生は情報平等社会がゆらぎ、情報格差が広がろうとしてきていることを指摘されたものです。

情報リテラシーについて (内田樹の研究室) :

なにか違和感があります。なぜそのまま素直に受け取れないかというと、世代的には近いので、よけいに感じるのかもしれませんが、過去がほんとうに情報平等社会だったのかという疑問です。

情報発信という視点で見るなら、内田先生がおっしゃる新聞などのマスメディアの影響力が現在よりはるかに大きかった過去は、現在とは比べものにならないぐらい不平等な時代でした。資本力がなければ強い発信力を持てない。したがって影響力も持てない時代であり、いくら新聞などのマスコミ報道に疑問をもったとしても、ごく身近なところでオカシイとつぶやくしかなく、それは声なき声で消えて行きました。

世論を動かそうとするとなんらかの物理的な行動にでるしかありませんでした。あの社会的には影響力のあった三島由紀夫ですら、生き方としての美意識もあったのかもしれませんが、決起し、自害する道を選んだことがそれを象徴しています。

受け手側としても、選択肢の乏しい社会でした。それを情報平等社会と見ることには疑問を感じます。視点を変えれば情報貧困社会、情報画一社会そのものでした。だから世論操作もできました。
その時代がよかったとする人もいれば、嫌悪感を持っていた人もたとえ少数であってもいたはずです。しかし、情報の均一化は、工業化を急ピッチに進める日本にとっては都合がよかったし、役だったことは間違いありません。

情報通信革命によって起こってきていることは、過去のように情報源が寡占化され、一方的に流されてきた時代を破壊しつつあるということです。いまでもマスコミの影響力は大きいとしても、情報源が拡散し、多様化したために、相対的には低下してきています。そのなかで内田先生が次に書かれている現象が起こっていることは事実でしょう。

インターネット・ユーザーとして実感することは、「クオリティの高い情報の発信者」や「情報価値を適切に判定できる人」のところに良質な情報が排他的に集積する傾向があるということである。そのようなユーザーは情報の「ハブ」になる。そこに良質の情報を求める人々がリンクを張る。逆に、情報の良否を判断できないユーザーのところには、ジャンク情報が排他的に蓄積される傾向がある。

しかし、それは情報の受け手側が自然発生的に、情報源や情報を選ぶ時代では当然起こってくることで、しかもそれはコントロールができないのです。中国政府はフィルター技術を駆使して、情報のコントロールを行おうとしていますが、それも次第に破綻し始めています。もう後戻りできないのです。

ついでにいうなら、突然、「最も知的負荷の少ない世界解釈法である『陰謀史観』に飛びつくことである」というのはそれでなにを主張されたいのかはよくわかりませんが、それに影響されたのか、マスコミ報道のありかたへの疑問に対しても、それこそ無批判的に『陰謀史観』だと決め付ける人もいて、ブラックジョークかと思ってしまいます。批判を排除するほうが知的負荷がはるかに少ないのですから。

情報といっても、新聞やテレビが流している情報は、情報の一部でしかありません。どんな時代でも重要な情報に関しては不平等であり、それによって生まれる情報格差や情報の非対称性がビジネス機会ともなってきました。

江戸時代の北前船は、たんに物流機能として優れていたから発展しただけではなく、航路で訪れる各地の相場情報を集める情報機能が優れていたから繁栄したのです。
逆にかつてはよほどの人しか持っていなかった情報もいとも容易に手に入る時代です。素人でも今ニューヨークの原油の先物価格がいくらかを知ることができます。その意味では情報にアクセスするチャンスも自由も飛躍的に高まっています。


内田先生の危惧は情報格差社会が、社会的な格差を生んでいくことであり、そのためにはもう一度「情報平等社会」に航路を戻すことが望ましいとされているのですが、「その責務は新聞が担う他ない」というのはどうでしょう。新聞に書いた原稿なので、新聞社に激を飛ばしたということでしょうか。

自動車が出現した時代に、それを持つものと、それを持たないもので格差が生まれ望ましくない、だからその格差をなくす責務を馬車が担うしかないという主張のように感じてしまいます。

市場の主導権が供給側から需要側、つまり売り手から買い手に移ってきたように、誰もが情報を発信できるようになり、情報選択の主導権が発信側から受け手に移っていくビッグトレンドは、もはや新聞社といったひとつのメディアが止めることができるわけがありません。

それよりは、新聞がこの情報のビッグバンの時代に適応して変わっていけるかどうかのほうが問われており、変わらなければ新聞は社会的使命を失い衰退していくだけのことです。

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