2010年04月29日

浅葱が語る源氏物語の教育観

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京都の南インターチェンジのすぐ側にある城南宮は、白河上皇が造営し、院政をはじめた城南離宮の一部であったそうです。
その神苑「楽水苑」で、浅葱が植えられていて、そこに立て札に、源氏物語にまつわる話が紹介されていました。写真はその浅葱です。
しかし、その説明が、ちょっとピンとこなかったので、家に帰って瀬戸内寂聴さんの「源氏物語」を調べて見ると、第四巻の「乙女」のところに、面白い下りがありました。当時の教育観であると思うので、ざっと紹介しておきます。

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若君の夕霧が元服し、まわりは当然、宮中に昇殿ができる位になると思っていたのに、源氏は昇殿が許されない六位のままにします。当時は位によって袍(公家の着物)の色が決められており、六位の夕霧が着ていたのが浅葱色の袍でした。
それを悲しんだ祖母の大宮が源氏に、心外だと訴えると、源氏がその理由を答えます。
夕霧を、いくらでも昇進させることはできるけれど、それではまわりの人たちがちやほやし、やがて本人も得意になり、自分がひとかどの人物だと錯覚してしまう。それでは時勢が変わり、頼りとなる人がいなくなると、軽蔑され、惨めなことになるので、今しばらくは、学問を身につけさせたい。学問という基礎があってこそ、実務にも応用して政治家としての能力も発揮でき、また教養があれば、将来国家の重鎮として、自分の死後も心配ないと。
平安の時代の、紫式部も、源氏を借りて、教育の大切さを書いていたわけです。
日本が、明治以降に急速な近代化を遂げたのも、江戸時代に寺子屋などで人々が学び、世界に類を見ない識字率、つまり誰でもそれなりに文字は読めるという教育水準があったからだと言われていることにも通じる教育重視の文化が、日本の伝統といえるのかもしれません。

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城南宮はやはりツツジが綺麗でした。そんななかでひっそり咲いていた淡いピンクのツツジです。

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kinkiboy at 20:18│Comments(0)TrackBack(0)clip!写真 

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