2010年02月13日
マーケティングは戦争か、恋愛か。
「マーケティングをキャンペーンと考えるのはやめよう」という記事がありました。
マーケティングをキャンペーンと考えるのをやめよう - 小川浩
キャンペーンはマーケティングの成功を目指す作戦のひとつなので、「マーケティングをキャンペーン」と考えるのは、野球で言えば「野球をヒットエンドランと考えるのはやめよう」と同じでその通りです。マーケティングはリサーチだというのもそれに近いですね。
しかし、
「マーケティングは企業間の戦争だと僕は思っています。
戦闘ではありません、戦争です」
というのはいただけません。間違っているとはいいませんが、「戦争」ととらえてしまったとたんに、視点が競争相手に釘付けになってしまい、発想が制約されてしまう危険があるからです。しかも、「戦争」というマーケティング観は、獲得した領土、つまり結果に過ぎないシェアを取ることが目的になってしまい、本質を見失うことにもつながることが多いのです。
むしろ、マーケティングは恋愛に近いと思います。マーケティングはビジネスを通して、人びととの出会いをつくる努力、その関係を続ける努力、究極はお互いの信頼の絆をつくる努力だと思っています。恋愛モデルといってもいいかもしれません。生活者、顧客に視点を置くことがマーケティングの起点だということです。
しかし、この恋愛ゲームにはかならずライバルが登場してきます。ライバルとの競争が起こってきます。しかもライバルはひとりとも限りません。業界という同じ村のなかで競争しているうちに、まったく違うところからやってきた異邦人に、恋人を奪われてしまうことだってあります。
マーケティングには競争がつきものです。しかも、競争があるから、互いに知恵を絞りあい、鍛えられ磨かれます。
そしてその競争は、戦争という見方も、選挙だという見方も、コンテストだという見方もできます。戦闘シーンがあったり、マラソンのように最後のゴールを目指してスピードを競うというスタイルもありますが、忘れてはならないのは、恋愛ゲームで最後に残るのはひとりかもしれませんが、市場で生き残るのはひとりだけではないということです。
もっと重要だと思うのは、インターネットの登場は、市場での主導権が買い手側に移る流れを加速しました。なにを意味しているのでしょうか。それは市場が消費者、顧客ひとりひとりに移ったということです。
ひとりひとりの心の中にマーケットがあるとすると、それは戦争という視点ではとらえられないテーマが生まれてきます。土足で人の心の中には入れませんからね。
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