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山崎豊子の『沈まぬ太陽』は読んでいませんが、ちょうど日航が問題となっている時期だけに、渡辺謙主演の映画『沈まぬ太陽』を見てきました。もともといろいろ賛否があり、よくぞ映画化できたものだということですが、やはり、こういうシリアスな映画だからか、観客の人たちの年齢層はかなり高かったようです。

感想としては、疲れたの一言です。3時間10分と長く、日航機事故というテーマが重いということもありましたが、それよりは見ていて途中からこの作品そのものに疑問を正直感じました。

その最大の原因は、登場人物のそれぞれが、実在する人たちを容易に重ねることができるのですが、善玉、悪玉と単純化しすぎていることです。水戸黄門劇場ではあるまいし、ものごとをそれほど単純に片付けるのはどうだろうか、そんな単純な線引きでシナリオがつくられていることへの疑問です。

おそら、日航をめぐっては、いろいろな政治や官僚との癒着もあり、そのなかでさまざまな利権や不正などもあったのでしょう。きっと、いろいろ日航に問題があったことは間違いないとしても、実際の世の中はそれほど割り切れるものではないはずです。それに、善玉、悪玉的な発想は、この複雑な時代のなかではかえってリアリティを感じないのです。

この映画のなかで、総理から三顧の礼をもってむかえた国見会長がずいぶん美化されています。当時の中曽根総理から実際に三顧の礼をもって迎い入れられたのは、鐘紡の伊藤淳二会長です。国見会長は、その伊藤淳二会長がモデルとなっているはずですが、その後、伊藤淳二会長は、長らく名誉会長として鐘紡の経営にかかわっておられましたが、鐘紡の経営はどんどん行き詰まっていきます。改革が進まなかったからです。安全対策のための改革を期待して中曽根さんが招いたのか、組合対策に長けた経営者として、伊藤淳二会長を招いたのかはよくわかりません。

組合問題も、確かにその頃から第二組合の結成と、露骨な組合つぶし、労働組合員への報復人事などが始まっていました。JRの日勤問題に見られるように、その後もそのもつれが尾を引き、労使の関係に歪みを残したことも事実でしょう。

当時の組合対策にも疑問を感じますが、しかし、組合にも問題がなかったかというと、そうとも言えません。組合員の利益というよりは、なかには特定の政党の勢力拡大の手段となったり、一部では、会社つぶしかと思う行きすぎた行為があったことも否定できません。
しかし、なぜ給与の並外れて高い日航がストをするのかはかねてから疑問を感じていたし、また経営側が妥協に妥協を重ねて、日航が高すぎる人件費を抱えてしまったことも事実でしょう。そういった親方日の丸の組織にいたことのない人間からすれば、どちらもどちらでアンビリーバブルな世界のような気がします。

こちらに『沈まぬ太陽』を批判するかなり長いコラムがありますがどうなんでしょうね。このコラムに書かれていることをすべてを鵜呑みにしようとは思いませんが、特にこの映画の主人公の、日航機事故の遺族への真摯な対応がこの作品を支えているのですが、実際のモデルになった人は、日航機事故の遺族対応の任には就いていなかったと書かれています。もしそれが本当にそうなら、この映画はかなり怪しい作品となりますね。解毒剤としてそちらのコラムを読んでから、映画を見てみるのもいいかもしれません。
小説「沈まぬ太陽」余話(掘

さて、映画『沈まぬ太陽』の国民航空(NAL)のモデルである日航(JAL)ですがその処理が迷走ぎみです。メンバーのなかに疑問符のつく方が入っていた前原大臣のタスクフォースも、ただただ時間と経費を浪費しただけとなりました。前原大臣は、どう日航を再建しようというのでしょうか。見えてきません。
きちんとしたカードを切らないと企業年金をめぐってのOBと交渉も進まないのじゃないでしょうか。もっと適切な人材に相談すればいいのにと思うのですが、どうもそういうしなやかさ、あるいはしたたかな動きができるタイプの方ではなさそうに感じますね。


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