2009年06月05日

日本の目指すのが「ものづくり大国」であっていいの?

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ものづくりへの執着心というか、ものづくりに徹すれば日本がなんとかなるという一種の宗教のような信念、また日本が駄目になったのは、ものづくりの心を見失ったからだというのが、おそらくまだ日本の政治家や官僚、また多くの経営者の人たちの心の根っこには残っているのように感じます。
そういった発想、呪縛ともいえる考え方が生まれたのは、これまでの日本の成功体験に基づいているのでしょう。
しかし、成功体験と言っても、ものづくりの品質で日本製品の評価をえたのは、たかが20年から30年ぐらいのことであり、かつては安かろう悪かろう、ほとんどがコピーという時期が戦後長くつづき、輸出を伸ばしてきたとうのが本当のところです。
しかしそれでは限界があり、品質で欧米に追いつけ追い越せと、TQC運動などにもみんなが取り組み、必死になって努力を重ねてきたという背景があり、成功したということです。そういった成功体験をすると、思い込みが蓄積され、なかなか現実を直視することができなくなってきます。

経済学者の中谷さんが、宗旨替えをやって、そういった「ものづくりの心」を取り戻せという伝道者の役割をなさろうとしているのですが、熟年の文化徒然草雑記帳さんが「中谷巌教授の日本ものづくり論」で、「早い話が、いくら品質が良くても、世界中の人々が欲するもの需要する財やサービスを独自で生み出せない独りよがりの日本のものづくりが、暗礁に乗り上げているのである」と書かれていらっしゃいますが、まことにその通りだと思います。
「中谷巌教授の日本ものづくり論」

中谷教授だけでなく、日本がもともと長い歴史のなかで、ものづくりを大切にし、高い品質を生み出すDNAや文化を持っている優れた国だという認識をしている人が多いようですが、それについてもちょっと両手をあげて賛成とはいきません。
元来、日本のものづくりは中国や朝鮮半島からの輸入したものがほとんどです。基本技術は中国や半島から輸入し、日本的にアレンジし、進化されてきたというのが正直なところでしょう。
たとえば、日本の陶器は確かに高い技術と品質を築き継承してきました。しかしなぜそういった高い技術や品質が実現できたかというと、豊臣秀吉が朝鮮出兵で5万人にもおよぶ半島の人たちを日本に連れて帰り、そのうちの3万人が陶工だったということがあります。
秀吉は、当時は優れていた半島の陶工技術が欲しかったということでしょう。それをそっくり日本に移転したために日本の陶器の高い技術が生まれたのです。
むしろ日本が誇るべきことがあるとすれば、日本は茶道という文化を生み出したことではないでしょうか。それが質の高い陶器へのニーズを生みだし、また支え、ものづくりをも育て、継承してきたということでしょう。
当時の朝鮮半島では陶工達の身分は低く、逆に日本では陶工達が大切にされ、優れた陶器を造りつづける環境が提供されてきたということです。日本の陶器における「ものづくり」の心も、「ものづくり」に徹したからではなく、優れた茶器を求める市場をつくったからであり、またそういった市場がものづくりを支えてきたということではなかったでしょうか。

「ものづくり論」の危うさは、いったいものづくりを極めることで、どんな社会のニーズを発見できるのか、また、そのようにその社会ニーズに応えるためには何が必要であり、どのような市場を生だす機会があるのかという、本当は必要な思考を停止させかねないということです。
そういった話になると、手塚治虫さんの鉄腕アトムを超えていない議論が多すぎるという気がします。目的と手段を取り間違えているということです。太陽電池なども、ものづくりから発想した品質や技術ばかり考えているから、世界のニーズに合わず、あれよあれよという間に王座を譲ってしまったということではないかということでしょう。

「ものづくり」という視点で見るなら、世界の工場というポジションを得てきている中国を筆頭とするBRICSのほうが、世界各国から資本が集まり、伸び率も高いわけで、やがて熟練技術という点でも、追いつき追い越されることは目に見えています。いやすでの追い越された技術も多いと聞きます。

いつまでも、安いコストや生産設備の規模に強味をもつ途上国と同じ発想では日本の競争力を維持し、高めていくことはできません。
日本は、そういった途上国の技術や能力では解決できない、より高度な社会のニーズに応えていく能力を育てる必要があるわけですが、それは、ものづくりだけでなく、情報技術も駆使した仕組みのイノベーション、また文化を生み出すことも含めた総合力が問われてくるということでしょう。そうでなければ高い付加価値を生み出したり、生産性を高めていくことは無理だと言うことです。
私たちが考えるべきことは、これからいったい社会や人びとはどのようなことを必要とし、求めてくるのかということであり、そのためには、なにが必要かという課題や目標や設定し、解決するための知恵や技術を統合していく能力を持つことでしょう。
そのためには、逆に「もの」の呪縛から意識を解き放ち、発想をもっと自由に広げていくことではないかという気がします。まああまりにも話が大きいので、今日はこのあたりで。


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1. あと40年でBRICSに追い越される宿命のものづくりニッポン  [ 無量大数 − 10の68乗の世界 ]   2009年06月06日 13:56
大西さんのブログに書いてあった下記の記事が非常に興味深い。日本の目指すのが「ものづくり大国」であっていいの? http://ohnishi.livedoor.biz/archives/50938738.htmlこの中で、−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−しかし、成功体験と言っても、ものづくり...

この記事へのコメント

8. Posted by RealWaveConsulting   2009年06月23日 11:06
この件については私も以下のブログで、「ものづくり」への回帰は一種の思考停止だと書きました。
http://realwave.blog70.fc2.com/blog-entry-137.html

寄せられたコメントを見ると、「ものづくり」の否定は現場を知らないからとか、日本はまだまだいけるといった意見が多いようですね。現場を見ると、今やソニーなどトップ企業の多くの工場はガランとして、ソフトのテストなどを空いたスペースで行っていることが多いのです。

自動車産業は例外的にいまだに垂直統合を続け、日本でコツコツ生産を行っていますが、電気自動車の時代になれば水平分業が進んで、そうもいかなくなるでしょう(参考:http://realwave.blog70.fc2.com/blog-entry-114.html)

大西さんのおっしゃるように、ものづくり回帰では日本は行き詰まりは避けられません。高品質は武器ですが、自動車でさえレクサスが高評価なのは、アメリカとロシアくらいで、日本を含め世界的にはベンツ、BMWの方が優位に立っています。

「ものづくり」を優秀な工員の問題と考えるか、より付加価値の高い知能労働の産物と考えるかは、根本的に違います。単純なものづくり礼賛論は、どうも前者のようです。


7. Posted by もしタイムマシンが有れば、あなたは、いつの時代の日本に行く?   2009年06月19日 12:28
4 白熱の!議論のダービーマッチ、読み応えありました。理工系・技術系vs文系・マーケティング系の対決。
6. Posted by 鷹司堂後   2009年06月10日 23:03
なるほど、そういう疑問ですね。

キャリア云々に関しては、俎上に載せても詮無いと思いますので、何とも申し上げられません。

液晶についてはよく知りませんが、携帯、太陽電池については、世界的な規格競争、普及促進策に勝てなかったことが主因ではないかと思っています。

政治的な駆け引きも含め、グローバルスタンダードを取る施策が、政官産の総合力として弱すぎる、あるいは海外勢に分断されている、という印象があります。言い換えれば、政治力(プロパガンダ)も含めたところでの、グローバルマーケティング力に難があるのではないのかと。

例えば太陽電池――。良いか悪いかは別にして、ドイツは太陽光発電装置に対して相当な補助金(購入奨励金)を設定しています(いました)。
アジア圏に於ける携帯のシェアについても、本国政府のバックアップと意味では、同様のことが言えると思います。

欧米は日本よりはるかにしたたかで、表向きは「自由競争」を標榜しながら、裏ではきっちり、ロビーイングを受けている企業の「これは!」と思った技術、知的財産は、国を挙げて、法制面も含めてバックアップしていると思います。

総じて日本は、戦略的(に値する)技術、知的財産を、国を挙げてバックアップし、海を越えて普及させようとする、国家的マーケティングを等閑にしてきたと思っています。

海を越えての普及が進まず、結果的に、安い労働力を背景にした現地生産も進まず、それが低利益率に甘んじることになっているのではないかと思う次第です。
5. Posted by 大西   2009年06月07日 22:05
鷹司堂後さん、この不況が来る前から、問題はなぜ日本の家電は、なぜ営業利益率があれだけ低くなってしまったのか。携帯、液晶テレビ、太陽電池など、なぜ海外で敗北してしまったのか。
日本の部品、素材メーカーは技術的な競争優位を実現しているところが多いのですが、残念ながら、利益のシェアでは、非常に低い状態に甘んじなければならなくなってしまったのか。
それに答えて欲しい。
私の仕事のキャリアを知らずに、もの作りの現場を知らないとか、技術を知らない文化系とか言うような根拠のないことを平気で言う人がいるのは残念です。それでは議論が前に進みません。
4. Posted by 鷹司堂後   2009年06月07日 19:31
> 分かっていたら、家電も、自動車も今みたいな
> 状態になっていないのでは?

に対して、こういう視点で考えてみては? という
補足をしておこうと思います。

1.世界全体の需要がこれほどまでに減退しているなかで、
  日本の家電、自動車、同部品メーカーだけがプラスを
  維持できる可能性があったのだろうか?

2.日本の家電、自動車、同部品メーカーと、諸外国の
  同業界とを”相対的に”考えてみたらどうなのか?

3.同様に、その後の回復スピードの点ではどうか?
  ホンダのインサイト、トヨタの新プリウス、三菱
  自工や富士重の電気自動車が、在庫圧縮が一段落
  した5月を経た直後に投入できた理由は、こういう
  自体に備えていたからこそではないか?

※.不況時の落ち込みをもっと抑えようとすると、
  その半面で、人件費の弾力化、すなわち、派遣・
  請け負い労働力(外国人も含めて)比率を
  予めぎりぎりまで高めておくことに繋がるが、
  それでいいのだろうか?
  まさにGMはその逆で身動きが取れなかったとも
  いえるわけですが。

3. Posted by 通りすがり2   2009年06月07日 16:48
1 ものづくりを否定する人間の多くは、ものもつくっていない投資も行っていないコンサルとかなのかなぁとちょっと残念です。
開発したものをうまく商業化できないことが問題であって、ものづくりを否定するのは根拠が無いのでは??と文章を読んでがっかりしました。商業化するのに知恵を貸した事はあるんでしょうかね・・・・・。
また、ものづくりの歴史が浅いということの裏をかえせば、短い期間の中でつくりあげることができたことの凄さがあることではないでしょうか?
今回の記事は読んでとてもがっかりする内容でした。
2. Posted by 通りすがり   2009年06月06日 06:56

> 今どきのトップメーカーはそんなことはとうに分かっていて、ちゃんと手は打ってますよ。
分かっていたら、家電も、自動車も今みたいな状態になっていないのでは?

1. Posted by 鷹司堂後   2009年06月06日 05:58
広い意味では、「ものづくり大国」であっていいと思います。大事なことは、「もおづくり」に於けるバリューチェーンのどこにキャッシュポイントを置くかということではないですか?

〈いつまでも、安いコストや生産設備の規模に強味をもつ途上国と同じ発想では日本の競争力を維持し、高めていくことはできません。〉

と仰いますが、今どきのトップメーカーはそんなことはとうに分かっていて、ちゃんと手は打ってますよ。

大手自動車部品メーカーの設計担当部長と仕事をしたことがありますが、「開発(設計)は日本でやっているけど、作ることは殆どやっていないからね」と聞いています。

〈やがて熟練技術という点でも、追いつき追い越されることは目に見えています。〉
と本気で思ってらっしゃるのなら、ちょっとおめでたい気がします。

例えば、
〈太陽電池なども、ものづくりから発想した品質や技術ばかり考えているから、世界のニーズに合わず、あれよあれよという間に王座を譲ってしまったということではないかということでしょう。〉
についても、技術力の問題ではなく、規格や政治力学の問題ではないのですか?

付加価値も(人件費を除いた)生産性も、まだまだ日本はいけると思います。

全体的に、理科系・工学音痴のマーケティング偏重論という印象です。
寧ろ、技術開発力を生かすには、マーケティングその他で何をすべきか、技術者以外がどういう役割を果たすべきか、といった提言はありませんか?

さらに言えば、技術力をバックボーンにした知的財産収益をどう上げていくか、といった点もです。

聞くところによると、米国は最早、生産には見切りをつけて、この知的財産ビジネス――例えば、原子力や医薬品などのヘルスケア関連に舵を切っているとも耳にしています。

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