たとえば今日の産経の社説、もっとも産経は『主張』ですが、タイトルが「米は早急に包括政策示せ」とあり、「今こそオバマ政権は北朝鮮への強いメッセージを鮮明にするときだ」で締め括られています。
こういった論調は、別に産経に限ったことではなく、産経を取り上げるのは申し訳ないとしても、オバマ政権に提言をしても、オバマ政権が読むかどうかも分からないし、オバマ政権がこの社説を日本の世論として参考にするとも思えません。いや日本の社説は、SyasetuとかSyutyouとして米国でも強い影響力があるのかもしれませんが、良く事情はわかりません。
日本の政府にむかって、オバマ政権は北朝鮮へ強いメッセージを鮮明にするように提案し、交渉したらどうですかという立ち位置ならよく分かります。
どうも社説というのは、高いところから語ってくるので、違和感があるのですが、プロ中のプロとしてのジャーナリストが、内部で喧々諤々議論し、書かれたものだそうですが、その割には心に響くいい社説というのにお目にかかったことがありません。
その大きな原因のひとつに、社説を書く人たちが、誰に向かって書いているのか、またどのような立ち位置で書くのかという、立場の置き方の悪さにあるのじゃないかという気がします。
コミュニケーションの基本じゃありませんか。誰にむかって語るのか、しかもどんな立ち位置で語るのかって。どんなことを書くか、どのように書くかの議論はしても、そんな議論があまりなされず、社説とはこういうものだという思い込みがあるのかもしれません。
さあ、いつどの新聞社がそんな盲点に気がつくのか見物です。


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