それぞれの新聞社が、日銀総裁の空白を避けろという社説を掲げてきましたが、ふっと感じたのは、空白ってそれほど問題なんだろうか、空白で問題が起こるほど、日銀総裁は仕事をしてきたのだろうか、あるいは世界が注目するほどの存在感があるのだろうかということでした。

日銀総裁人事―民主に問われる大局判断(朝日)

これについては「銀行行政を担当したこともあり、バランス感覚と政界での人脈の広さに定評がある。弱みといえば、国際金融の経験が少ないことだろうか」とありますが、銀行行政の経験というのは、大蔵省汚職、いわゆる日本の立派な大蔵官僚さんが、ノーパンしゃぶしゃぶづけになっていた事件で責任とったことでしょうか、ついでながら、国際金融の経験がないって致命的じゃないか感じますが・・・

「武藤総裁」の適否、新ルールで議論急げ(日経)

無難な社説で、話し合えと一言で済みそうです。

日銀総裁人事 「財金分離」は理由にならない(読売)

人物が素晴らしいから、民主党は所信表明を聞いて改心しろと、品悪く高いところからもの申すのは渡辺主筆らしいですね。

これまでの日銀総裁の働きってなんだったのでしょうか。異常な超低金利を塩漬けにしてきたことも、政治からの金融緩和を求める圧力にしたがってきただけというように感じてしまうのですが。
サブプライム問題が起こったときに、日銀がFRB(連邦準備制度理事会)、ECB(欧州中欧銀行)と協調介入にして、緊急に資金供給量を増やしたということがありましたが、日本が主役になった風ではありません。誰が総裁であれ,おつきあいでそうなったのじゃないでしょうか。
サブプライム問題よりは、政治への不信感からどんどん日本売りが促進されてきており、日銀総裁の空白よりも、政治のリーダシップの不足や、官僚のいいなりの大臣の発言のほうが深刻な問題だと思うのですが、福田総理も、小沢さんも空白ができてもたいしたことないとタカをくくっているから、互いに意地張り合って、政局に持ち込もうとしているよう見えてなりません。
日銀総裁の空白が問題なのは、日銀総裁の空白そのものよりは、日銀総裁ひとり決めることができない日本の政治混乱、というか「政治の空白」のほうじゃないでしょうか。

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