官僚が問題を起こしたときに、官僚の責任よりは大臣の責任が問われ、政局となり辞任や更迭劇となる。日本の政治のなかで何度もあったように感じます。
今回も、イージス艦事故の直後から石破防衛相の責任問題が問われ、さらに衝突事故の後、防衛省が海上保安庁に無断で実施した航海長の事情聴取があったことで、隠蔽をもくろんだとして、さらに辞めろという声が高まってきていますが、ちょっと待てよと思ってしまいます。
問題は防衛省や自衛隊が緩みきっている、事後に取った行動についても危機管理能力に極めて乏しいことがわかったということではないでしょうか。
漁船がたくさん航行する海域で、艦長がその認識もなく、自動操舵を続け、警告を発することも、なんらかの回避行動も取らずに人名事故を起こしたという常識外れをやってしまったことが今回のもっとも重要な問題の焦点であるはずです。
さらに事後の海上保安庁に無断で実施した航海長の事情聴取問題でも、事務次官の発言が、メモがあったかどうかでも発言が一転二転しており、よほど無能なのか、責任逃れのための嘘をつこうとしているのかでしょうが、この事務次官、さらに素人同然といえる艦長も、そんな地位に昇進できた組織が問われなければなりません。
防衛相や自衛隊の緩みと危機管理能力のなさは呆れるばかりですが、このイージス艦『あたご』の事故が問題になっているさなかに、イージス艦にかかわる秘密情報を持ち出した疑いがあるとして内部調査を受けた自衛官が直後に行方不明になっていることが28日分かったという記事がありました。極めて重要な情報を漏洩させたわけですから、スパイ行為を行っていた可能性もぬぐえず、監禁拘束状態で取り調べられてると思っていただけに、開いた口がふさがりません。
>>イージス艦情報持ち出し3佐の所在不明 海自幹部情報流出で

アジアでは、というか世界の主要国のなかでも突出した装備を持っていたとしても、機密は守れない、犯人も取り逃がす、まともな航海もできずに事故を起こして、その後の行動も頼りないという現実はあまりにも寒いとしかいいようがありません。
自衛隊がこれまでタブー視されてきたことも、かえって自衛隊の規律、またシビリアンコントロールについて議論したり、真剣に追求することを困難にしてきたのかもしれませんが、先日の河野太郎議員と総務省の官僚のやりとり、国土交通省や厚生労働省などのこれまでのやってきたこと見る限り、緩みや隠蔽体質は防衛省、自衛隊に限らないと感じます。おそらく日本の官僚制度そのものの制度疲労でしょう。
実際に問題を起こした官僚の責任を問わず、大臣がまるでとかげのしっぽのように切られ、官僚はぬくぬくと退職金をもらって天下るのですから、緩んでもあたりまえという気がします。
あの防衛省元事務次官の守屋被告と小池元防衛相が、痛み分けのようなカタチで双方が辞めた時も、官僚はそれほどの権力を握っていて、大臣の立場って軽いと感じました。
石破さんをなんらかばうつもりもありませんが、特定の個人の方の問題ではなく、人事権もなく、官僚が問題が起こせばとかげのしっぽのように大臣が切られる日本って不思議な国だとつくづく思います。

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