子供の頃に、千林に「主婦の店」というおもしろい店ができたと父親に連れていってもらった記憶がありますが、それが中内さんのダイエーの一号店でした。貧しかった日本が見事に復活しますが、その高度成長の波に乗ってダイエーはどんどん膨れあがっていきました。中内さんは、「もの」を消費することが豊かさにつながった時代にフィットした見事なビジネスを打ち立てた人でした。
しかし社会は大きく変化します。消費がどんどん量から質に向かっていきます。その変化に偉大な起業家であり理論家であった中内さんも、中内流のチェーンストア理論もついていけなくなりました。「よい品をどんどん安く」という量の豊かさ、”MORE”を追求するという発想からついに抜け出せませんでした。
だから、どんなに企業規模が大きくなってもダイエーからは貧乏くささが抜けなかったですね。ダイエーの方から、浜松町の軍艦ビルといわれるダイエー本部の最上階で世界のレジスターのコレクションを見せていただいたときに、ああ結局は金が好きなんだ、これが中内さんの本質であり、これでは市場から共感されないだろうと感じてしまいました。
やがて流通業としての成長性は失われていきます。既存店の売り上げが全く伸びなくなります。さらなる成長性を求めて、バブルの時代に、ダイエーはいつの何か流通の仮面をかぶった不動産屋になり、バブルがはじけるとともに破綻してしまったということでしょう。
中内さんは独裁者でした。西武の堤さんはが理論をもたない王様だとすると、中内さんはスターリンか毛沢東だったのかもしれません。独裁の経営は、やがて取り巻きが生まれ、またダイエーの組織は肥大化、また官僚化していきます。チェーンストアの理念と市場の現実とのギャップの間で官僚組織は腐敗していきます。
「流通革命」という思想で動く組織は、お客様ではなく本部を見て仕事をします。店にいてお客様と接点となる現場は本部にとって兵隊かロボットでしかありません。現場は本部方針をどう徹底するかしか考えてはいけないのです。創意工夫、またお客様のニーズに合わせるたサービスをすることはチェーンの理念でないと否定され続けました。どんなにお客様の求めるものが分かっても、本部に逆らってはいけないのです。現場の発想はことごとく抹殺され、中内御殿の人びとの机上の理屈が優先されます。だから現場が無力化、無能化していきました。こうやって肥大化した官僚は、かならず暴走して現場を壊していきます。
「日本というダイエー」も官僚がリードし、また政治家や利権団体を調整しながら暴走し、「日本」の地域経済も、自然も、文化も破壊していき、さらに財政を破綻状態に追い込んでしましまいました。同じ構造ですね。中内さんは、戦後の奇跡的な成長とバブルの破綻による失敗という日本の戦後の歴史のシンボルだったように感じます。ダイエーは破綻処理がなされ、再建むかっていますが、日本はいつ、誰が再建するのでしょうか。

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