思いこみが原因による喜劇も悲劇も、日常のなかでよくあることです。机の上に置いたはずの携帯電話がない。いったいどこに置き忘れたのかと、電話をかけてもらうと、なんとポケットから派手な着信音が鳴り響いている・・・これは思いこみと言うよりはボケの始まりだと言われそうですね。
新幹線の乗り換え口の改札機を通るたびに、きっとこれは思いこみによるミスじゃないかと思うことがあります。ご存じの人も多いと思いますが、乗り換え口では、指定券・特急券だけが回収され、乗車券は戻ってきます。ところが、この乗車券を取り忘れる人が後を絶ちません。だから、駅員の人が、改札機の前に立ち、マイクで注意を促し、チェックしています。なんという人件費の無駄でしょう。

乗車券を取らなければ、ゲートが開かないようにすれば、それで解決します。素人でも分かることです。しかし、そもそも、この改札機を設計したのも、それを監修したり、採用したのも経験を積んだプロのはずです。
きっと私たちが考えるよりももっと数多くのトラブルを想定しながら、対策を考え、この改札機は設計され、また試作段階でテストも繰り返されたはずです。
そこに落とし穴があったということでしょう。プロだからこそ、乗り換え口では、乗車券はみんな受け取るものだという思いこみがあったのだと思います。しかし、実際には、新幹線をたびたび利用している私ですら、受け取り忘れしそうになったことが何回もあるのです。
この改札機にかぎらず、長い間製品開発にタッチしていると、プロだから陥る思いこみは、結構多いのです。ユーザーを調査すると、想定もしていなかった選び方や利用の仕方などが発見され、驚かされることがしばしばあります。またそれが製品開発やマーケティングのヒントになってきます。
また、同じ業界、同じ会社に勤めていると、いつの間にか、その業界や会社の特殊な考え方が、普遍的な「常識」として思いこまれるようになってしましがちです。他の業界、社外の人間から見ると不思議な考え方でも、その業界、その会社の人たちには疑うこともない「常識」となっていると感じさせられることは少なくありません。そんな「思いこみ」の迷路にはまりこんで、ビジネスが停滞し始めるということが案外多いのです。
ほんとうかどうか知りませんが、こんなたとえ話があります。主人公はカマスです。水槽に飼っているカマスに餌を与えつづけます。ある時、カマスと餌の間に、ガラスを差し込みます。カマスには、餌とカマスの間にガラスの壁があることは見えません。だから、餌をとりにいくたびに、カマスはガラスの壁にぶつかり、痛い思いをするだけで、餌にありつけません。やがて、このガラスの壁を取り除いても、痛い思いを学習したカマスは、餌を食べに行かなくなります。さてどうすればこのカマスは救えるでしょうか?あなたならどうしますか?
解答は、何も知らないカマスをこの水槽に放つことです。何も知らないカマスは、当然のように餌を食べに行き、餌にありつけます。それでやっと、なんの障害もなく餌にありつけることをカマスが知るという話です。
変化の激しい時代ほど、過去の常識がどんどん崩れていきます。しかもたちの悪いことに、これらの常識は、本には自覚できない思いこみ、つまり暗黙知になっているということです。
私たちは、思いこみの住人だという自覚を持っていると、課題に直面したとき、結論を急がずに、周りの人たちと議論してみたり、冷静に事実を見つめなおすことから始めるとか、外部やユーザーの声に耳を傾けるということが素直にできるようになります。そうして、違う視点に触れたり、取り入れることで、はじめて自分の「思いこみ」に気づき、迷路から脱出できたり、新しい発見と出会えることができるようになることが多いのです。
一度、どんな「思いこみ」が身の回りにあるのかを点検してみてはいかがでしょうか。