最近面白いことがありました。現在は更新一時停止になっているブログ「ガ島通信」で、ちょっとストーカーみたいな書き込みが続いていました。いちおう「■黒崎」という名前になっているものの、なんのリンクもなく全くの匿名投稿でした。
「黒崎って知り合い?」とガ島通信管理人の藤代さんに質問したところ、この「黒崎」という匿名の人から、「大西さん。あなたに呼び捨てにされる間柄でもないですが。なかなかのエチケットをしていらっしゃる。■黒崎」というコメントが返ってきたのです。おもわず笑ってしまいまいた。
もともと、リンクもなにもない黒崎というのは、本名でもなんでもなく、たんなる記号であり、記号は記号で十分なのに、このストーカー君がマナーこだわったところが可笑しかったのです。
なんでこんなことを書き始めたかというと、この間「ドクター苫米地ブログ」で匿名問題が連続して取り上げられていましたが、「週刊!木村剛」で木村さんもそのことを取り上げ「従来からのネチズンの方々による完全自由論と小倉・苫米地さんによる匿名排除論の対立はなかなか簡単には融合しないのかもしれませんね」と書いてらっしゃるので、あらためてこの「大西宏のマーケティグ・エッセンス」のスタンスを書いておこうと思いました。
(参考)
ブログ、実名か虚名か?
匿名ブログはやめてしまえ
それでも、匿名ブログはやめてしまえ
暴言記者の実名を晒している匿名ブログ達、ずれてるぞ
実名の意味が分からない子供たちへ

小倉・苫米地と匿名を排除しないと駄目だという気持ちは痛いほどわかります。ブログへのコメントに関しては、匿名でブログを書いた人やその内容を誹謗中傷するというのは、見られていなければ何をしても良いという卑怯で恥ずかしい行為です。たばこや空き缶をポイ捨てするのと同じです。
議論する、批判するなら堂々と本名と連絡先を書いてやればいいのです。それもできない人には、批判する権利も、えらそうなことを書く資格もありません。このブログではほとんどをそのままにしてきましたが、このブログでは、匿名でもそういったコメントはほとんどありません。突っ込みが弱いからかと反省すべきことでしょうか。
それはさておき、ブログは匿名でもいいのじゃないかと思います。職場とか、仕事関係の人たちに知られたくないとか、またなかには知られると困るという方もいらっしゃるでしょう。もうすこし高度になると、ブログのなかで仮想人物になりきり、ブログがその人物を演じる舞台となっているという場合もあります。
このところ燃えている「切り込み隊長Blog」なんかはその典型かもしれません。現実世界の山本さんという人は読み手にはどうでもよく、きっと演じられているに違いない「切り込み隊長」の語りや自作自演も交え展開されていく2チャンネル的世界が面白いのだと思います。だから実在の山本さんが現実世界に登場するとかえってしらけてしまうのです。逆に、コメントで山本さんがどうのこうのと書かれてもいつも楽しんで読んでしまいます。
「あたしナツコ」でいつも終わるいざまんさんの「高円寺の女」は本にもなりましたが、あきらかに作品的世界であり、ペンネームでいいじゃないかという世界ですね。
しかし、匿名ゆえに、責任がなく際限なく好き勝手に書き込まれていく2ちゃんねるなどの掲示板世界と匿名ブログが違うのは、掲示板的世界は、そういう書き込みで成り立っているという暗黙の了解があるわけで、参加する限り、たとえぼろかすにけなされても「板」の流れに従うのがルールです。わあわあやっていればいいのです。
しかしブログは違います。ブログは書き続けられアクティブである限り、その管理人の個人的空間であり、管理人のルールや管理人の人格が第一の世界です。そこに一歩踏み込むにはそれなりの礼儀がいるということです。
反対意見でもいいのです。匿名でも結構です。書き込むなら土足で踏み込むようなことはしてはいけないということだと思います。

それから、この「大西宏のマーケティング・エッセンス」のスタンスについて書かせてください。コメントには必ず目を通していますが、このブログでは質問とかよほど答えたほうがいいと判断した場合以外は、コメントにお返しのコメントは書かないようにしています。特に意味はなく、それのほうが、議論が起こりやすく、さまざまな視点やご意見がいただけると思っているからで、その点をご理解頂ければと存じます。
コメントはほとんどすべてを残していますが、今後は削除する場合もありえます。その基準は管理人の気分ですので、その点もお含みいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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