2011年05月

「原発の発電コストは安い」は疑わしい

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原子力発電はコストが安いので、他の発電に代替させることは電力価格の上昇となり利用者負担の増加につながるということを前提とした議論が多く見られます。

本当でしょうか。よくでてくる原発による発電コストには、地元への交付金など電力会社が直接出費せず、国が負担している費用が含まれていないこと、また河野太郎議員が証言しているように、いくら電力コストに関しての資料を電力会社に求めても、返ってくるのは、かつての戦時中のようにデータが黒く塗りつぶされたものということなどをあわせて考えると、かなり怪しいと感じます。

そう感じていると、立命館大学の大島教授による推計では、むしろ原発による発電は、交付金をあわせると、実績では10.68円/Kwhであり、むしろ火力や水力よりも高くついているという記事がありました。
原発の本当の発電コストを考える:政策・法規制:ECO JAPAN −成長と共生の未来へ−
:

コストの試算で食い違いがでているのは、試算の方法が異なることです。安いとした試算は、2004年に出された総合資源エネルギー調査会電気事業コスト分科会の報告書が根拠になっており、モデルプラントを想定して発電に要する種々の費用を集計していたもの。一方の大島教授の推計は実績値によるもので、電力各社が公表している『有価証券報告書』に基づいて電源別発電コストを推計したものです。同志社大学の室田武教授によって開発され、大島教授が発展させた推計方法だといいます。この記事にその違いを示した表がありましたので引用しておきます。

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原発は、今回の福島第一原発事故によって、安全対策の強化が必要になってきており、これもコストを上昇させる要因になります。しかも、原発は今回の福島第一原発事故のような過酷事故が起こったために、膨大な賠償費用が発生し、もうコストは桁外れになってしまいました。

しかし、ほんとうに脱原発が高くつくものなのかは、しっかりした根據に基づいて議論すべきことであり、実績に基づいたコストの検証を急ぐ必要があります。ファクト・ファインディング、つまり事実に基づいた議論でなければ、政治の思惑で国民の利益が損なわれかねません。

また東京都副知事の猪瀬さんが脱原発の現実的な解決策として、川崎天然ガス発電所の「コンバインドサイクル発電所」を紹介されています。
液化天然ガス(LNG)を高温で燃焼させ、ガスタービンを回して発電する。さらに、その排熱を利用して水を蒸気に変え、蒸気タービンを回転させて発電する。しかも、蒸気タービンは高圧・中圧・低圧の3つあり、排熱を順々に3回も利用する。1粒で4度もおいしい、非常に賢いやり方である
脱原発への現実的な代替エネルギーを考える| nikkei BPnet 〈日経BPネット〉 :

このコンバイン発電所は比較的小面積でも建設でき、建設費も1基当たり200億円程度で、九州電力のホームページによると原子力発電所が1基あたり3000億円以上、現在はおそらくもっと高いことを考えるとかなり安価です。また発電量が2基で原子力発電所の1基分に相当し、しかも発電コストもいずれの試算でも安いことがわかります。
九州電力 原子力発電所の概要 :

太陽光が一般の人びとには分かりやすく、また脱原発に世論が傾く中で、それをビジネスのチャンスとして民間がチャレンジするのは自由だし、またそれで大きなイノベーションが起こることを期待しますが、国として電力エネルギーをどう確保するのかは別問題だということだけは留意しておく必要があります。

発電に関しては各電力会社に知識や技術をもった人たちが多数おり、おそらく現実的な解決方法を知っているはずです。こういった人びとを、政治の思惑や組織の制約から解放し、知恵を引き出すことも必要です。それらの人びとが自由に発想し、解決策を生み出すことがもっとも現実的な方法だと考えます。発電、送電、配電の分離は、そういった蓄積された知識や技術の活用という点でも重要に違いありません。


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日本は中国と同じくらい窮屈な国だそうだ

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東京大学が世界33カ国の人を対象に“自分の国の窮屈度”を調査したところ、日本は窮屈な方から8番目で、日本より上位は、ノルウェーの6位以外はすべてトップのパキスタンをはじめアジアの諸国でした。韓国も5位にはいっています。しかし、さぞかし中国はかなり上位にランクされていると思いきや、日本についで9位で、日本よりたとえワンランクであれ、窮屈さで下位になったことは予想外でした。2chあたりで騒々しくなりそうな結果です。

中国の想定外の結果は、回答者が本音で答えていないか、いろいろな統制があっても、日常生活ではあまり政治の影響を感じる状況にないか、経済成長に勢いがあり自由にチャレンジする余地があるからでしょうか。ネットでも規制しているとはいっても、人びとの知恵でいくらでも発言できるようで、あまり規制を苦にしていないのかもしれません。

さすがに自由の国アメリカは23位でした。33カ国中、もっとも窮屈さを感じていない国が、国内に政治対立を抱え、相互不信が残るウクライナというのも意外でした。
[東京大学[広報・情報公開]記者発表一覧] :

この調査は、政治だけでなく、もっと広く、その国の文化の窮屈さと緩さに関して調べたもので、「この国には、人々が従わなくてはならない社会的規範がたくさんある」、「この国では、誰かが不適切な仕方でふるまえば、他の人がそのことを強く非難する」などという質問に対してどのくらい賛成するかを尋ねたものだということですから、そういう観点から言えば、日本は確かに窮屈な国かもしれません。

その象徴が、ネットで本名をあかさず、匿名を使う人が多いことでしょうか。もちろん匿名を使う理由はさまざまでしょうが、なにかを発言することで、職場や身の回りからとやかく言われるとか、なんらかの影響を感じるので実名で発言することは避けたいという事情もあるのでしょう。

自社に不利になることを発言して会社からクレームがつく、あるいは得意先を誹謗中傷すれば、ビジネスにも影響するのはわかりますが、それ以上の影響があると感じる雰囲気や実態があるというのは、それなりにプレッシャーとなる文化がビジネス社会のなかにもあるということです。ネットでも感じることですが、主張の異なる意見にたいして不寛容な人が多いことも事実です。なにかとレッテルを張り非難したがる人もいます。

また、経済が長らく停滞し、産業のダイナミックな構造転換が起こらなかったために閉塞感があることも影響しているに違いありません。会社組織でも、成長性を失うと、どうしても視点が内に向き、また相互不信が広がり、そのことが風通しを悪くする、新しい行動を排除するという文化が生まれてきます。縮む方向への圧力が働いてくるのです。怖いことです。

あまり名誉な結果とは思えないので、自由闊達な議論をする、異なる意見も尊重するという風に、ひとりひとりが気をつけることからはじめてみてはどうでしょうか。


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ユニクロに吹くフォローの風

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停滞気味だったユニクロが、4月に既存店売上高で対前年同月比104.6%と復調の兆しを見せていましたが、この夏はユニクロにとってはさらに復調を押し上げる流れになりそうです。
節電の課題が首都圏だけでなく、全国に広がることで、暑い夏への対策が求められ、従来以上にクールビズのファッションに対する幅が広がりますが、そのことによって夏物衣料が動きます。しかも、ユニクロは、シルキードライ、サラファインなどの機能性衣料でのキラーコンテンツを持っていることの強みが生きてくるものと思います。実用衣料ではやはりユニクロは強く、それを求めて来店する顧客に、他の衣料も勝ってもらうアップセリングのしかけづくりに焦点を置くこともできます。
ユニクロだけでなく、この好機をつかむことができれば、アパレル業界の活性化にもつながってくるのではないでしょうか。またその対応ができるかどうかで明暗を分けるものと思います。

ユニクロは、また、レディー・ガガやニコール・キッドマンら世界の著名人10人からの応援メッセージが書かれたTシャツ「SAVE JAPAN!UT」が来月の25日に発売され、Tシャツの利益となる約1億円は義援金として寄付されるようですが、いい企画であり、共感が広がるものと思います。
世界の著名人がエール…ユニクロが支援Tシャツ発売 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能 :

商品の企画力、また中味が「実用衣料」の限界を抱えたユニクロですが、このフォローの風を受けて、「実用衣料」からの進化ができるかというとまだかなり疑問に感じますが、海外では十分通じると思うので、さらに海外展開の勢いが強まってくるかもしれません。

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イノベーションというのは、1000の可能性に『ノー』ということ

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「イノベーション」と「集中と選択」が経営にとって重要な時代だといわれています。それに関して、アップルのスティーブ・ジョブスがナイキのCEOマーク・パーカーに電話でアドバイスした言葉ですが、「イノベーション」と「集中と選択」の関係を示唆する奥が深い言葉です。

日経の電子版で、Forbsの記事にあったのですが、まだ邦訳されていないスティーブ・ジョブズ、イノベーションの秘密』(The Innovation Secrets of Steve Jobs)の作者カーマイン・ガロが書いた記事です。
ジョブズ氏が言う「つまらないものは捨てろ」の意味  :日本経済新聞 :

イノベーションに関しては、現在は富士通総研理事長に就任されている野中郁次郎先生に代表される考え方があります。イノベーションや戦略は『創発』されてくるもの、つまり現場から自然に生まれてくるものであり、人材と情報のかけ合わせによって『創発』されてくる環境をつくることが大切だというものです。この考え方を全面的に経営に取り入れたのがSONYの会長であった出井さんでした。経営者としてはずいぶん観念的で難しいことをおっしゃると当時は感じたものでした。

この考え方で、よくでてくる比喩はカンブリア紀の爆発です。およそ5億年以上前のカンブリア紀に突如としておびただしい生物の種類が生まれます。実際にはそれよりもさらに過去に生物の多様化は起こり、カンブリア紀は、地層からの化石で確かめられた最も古い時代だということだそうですが、ある時に、地球のなんらかの変化で、遺伝子のかけ合わせと進化が猛烈に起こり、新しい生物が次々に生まれていった様は、まるで現代の情報化社会、ポスト工業化社会のあり方に似ているからでした。

しかし、「創発」という発想は事業の拡散をも意味します。どんどんイノベーションが起こり、事業が広がり、やがて収拾がつかなくなる状況をも生み出します。

今日のように激しい、しかもビジネスの仕組みと仕組み、ブランドとブランド、商品やサービスだけでなく企業力と企業力の競争が起こってきたなかで、どの分野を選び、経営資源を集中させるかという課題が生まれてきたのも当然です。いかに「イノベーション」が起こる環境をつくることと「集中と選択」は一見すると対立するベクトルを持っているようですが、ジョブスは見事に両立させています。
「“集中する”というのは、集中すべきものに『イエス』と言うことだと誰もが思っている。だが本当はまったく違う。それは、それ以外のたくさんの優れたアイデアに『ノー』と言うことだ。選択は慎重にしなければならない。私は、自分がやってきたことと同じぐらい、やらなかったことに誇りを持っている。イノベーションというのは、1000の可能性に『ノー』ということだ」
このジョブスの言葉で気をつけなければならないのは、ジョブスはアイデアが生まれてくることを否定し、制限しているのではなく、たくさん出てきたアイデアをどのように選択するかが経営として重要だといっていることです。

多くのアイデアを生み出す、しかしその選択は慎重に行う、素晴らしいアイデアでも企業が本気でチャレンジしようとしているものでなければ、捨てる。言葉で言うのは簡単ですが、大変な勇気と見極める目が必要です。
この記事にあるように「アップルのイノベーションを支える基本原則は誰でも学ぶことができるが、それを行動に移す勇気を持ち合わせた企業は少ない」のが本当のところでしょう。

同じく日経に、ホンダの子会社の商社がシラスの取引で不正売買を重ね、150億円の損失を生んだことが報じられていますが、なぜホンダがシラスを買い付け売る商社の事業に手を出していたのかに驚かされましたが、なんら強みもなく、必然性もない本業とは無縁な事業を広げることはホンダに限ったことではありません。
そこに感じるのは戦略で経営が決められておらず、損しなければやるという発想です。だから小さな企業のイノベーションもその企業と提携するのではなく、平気で模倣し、その市場を奪うということも少なくありません。
そういった戦略なき事業の拡大はやがて経営の緩みともなってきます。

シラスにはまったホンダ 巨額損失はこう生まれた  :日本経済新聞 :
日本の多くの企業には、横並びの「赤信号みんなで渡れば怖くない」という体質があることは否定できません。
新しい分野を創造する、あるいはトレンドをつくることには不得意です。だからアップル流の自らが考え、もとめる価値づくりに『集中』することは不得意です。しかしトレンドが生まれるとそこに殺到し、イノベーションを競いあうパワーは、凄まじいものがあります。

その意味では、アップル流の自ら市場をつくりだすのではなく、なにかトレンドをつくり、そこに多くの企業が殺到する状況ができたほうが、活力を引き出せるのかもしれません。

自然エネルギー発電事業へ、具体的なエネルギー政策が決まっていないにもかかわらず、そこに大きなビジネスチャンスが生まれることを確信した企業が、つぎつぎと名乗りをあげ、構想を発表し始めました。日本型の経営にとっては絶好の条件が整ったということでしょう。そうなると企業の利益をも犠牲にしてまでもイノベーションを追求し、激しい競争にむかうのが日本の多くの企業であり、実際イノベーションを生んできました。

しかも、異なる業種との連携や、自治体との連携が起こってきたことは、これまでにあまりなかったことであり、面白いことがおこってきそうです。

すくなくとも、トレンドというバスに乗る戦略と、ジョブスが語り実践してきた集中戦略のふたつの道があるのだと視野が広がることは望ましいことかと考えます。


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もしも菅さんが「もしドラ」を読んでいたら

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ブロゴスで木走正水さんの「原子力安全委員長はただの馬鹿者であることが判明 - 木走日記」 -という記事がありました。野球で言えば、豪速球の直球を投げたエントリーで、木走さんの書かれていることはほとんど正しいと感じますが、残念ながら投じたボールはストライクゾーンには入っていなかったように感じます。問題は斑目委員長だけにあったとはいえないのです。どのような組織であっても無縁ではない重要なマネジメントの問題なので、あえて書かせていただきます。
原子力安全委員長はただの馬鹿者であることが判明 - 木走日記 - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース :

それにしても自民党の谷垣総裁が海水注入「空白の55分」の問題を菅総理批判として使った戦術の馬鹿馬鹿しさは、菅総理だけでなく谷垣総裁の政治家としての資質を疑わせるものでしたが、「空白の55分」は、当時の緊迫した中で情報のやりとりができていなかったこと、また菅総理や官邸の人びとが混乱し、冷静さを失っていたのか、マネジメントの機能が働いていなかったことが問題でした。

「可能性はゼロじゃない」

この斑目委員長の言葉は、いわゆる専門家にありがちな言葉です。一般的な常識的から言えば、木走さんが書かれているように次のようになります。
受け手側の科学的知識のスキルに合わせて専門的知見を相手が理解可能なように配慮して情報発信しなければならないのは当然なのに、「可能性はゼロじゃない」=「事実上可能性はゼロ」などという等式(?)は、学者同士で通用していたオレサマ基準かもしれませんが、日本語としては破綻しているわけで、まして一国の運命を左右するかも知れない重大な局面で使用する言葉じゃないでしょう、一般人が誤解する可能性をなぜ考えなかったのか。

 原子炉に海水を注入するかどうか重大な検討をしているあの局面で、「可能性はゼロじゃない」では何もアドバイスにはなりません。

 素人である受け手が「ゼロじゃない」を「ある」と解釈したとしてまったく日本語レベルでは正しいのです。

木走さんが書かれていることは、決して間違っているわけではありません。斑目委員長が無意識のうちに自らに降りかかるリスクを避けたのか、一般人が誤解する可能性に思いがいたらなかったのかのいずれかでしょうが、うかつな発言であったことは否定しようがありません。しかし「もしドラ」で引用されているドラッカーの次の言葉をあわせて読んでみると視点が変わってきます。
専門家にはマネージャーが必要である。自らの知識と能力を全体の成果に結びつけることこそ専門家にとって最大の問題である。専門家にとってはコミュニケーションが問題である。自らのアウトプットが他の者のインプットにならないかぎり、成果はあがらない。専門家のアウトプットとは知識であり情報である。彼ら専門家のアウトプットを使うべき者が、彼らの言おうとしていること、行おうとしていることを理解しなければならない。
 専門家は専門用語を使いがちである。専門用語なしでは話せない。ところが、彼らは理解してもらってこそ初めて有効な存在となる。彼らは自分の顧客たる組織内の同僚が必要とするものを供給しなければならない。
 このことを専門家に認識させるのがマネージャーの仕事である。組織の目標を専門家の用語に翻訳してやり、逆に専門家のアウトプットをその顧客の言語に翻訳してやることもマネージャーの仕事である。
いやドラッカーを読んでいなくとも、常識的に考えれば、菅総理は「再臨界の可能性はないのか」ではなく、「今やるべきことはなにか」を問えばよかったし、「ゼロじゃない」という言葉に、「どの程度のリスクがあるのか」と聞けばよかっただけのことです。あるいは菅総理を支える官邸の誰かが、そう「翻訳」すればよかっただけのことです。

ドラッカーは、専門家を取り上げていますが、実際のビジネスのなかでは、そういった言葉の翻訳が必要な場面は数限りなくでてきます。

たとえば営業の人が、価格があわなくて売れないと訴えたとします。それですぐさま価格を下げようと判断するマネージャーは少ないと思います。
製品やサービスそのものの魅力や差別化が不足しているのか、提案が弱く十分に優位性が伝わっていないのか、取引先の交渉術にたんにはまってしまっているのか、ほんとうに価格で負けているのかなど瞬時にさまざまな可能性を考え、それらの選択肢のなかで、なにが成果につながる行動になるのかを判断しているはずです。

消費者の人たちの言葉もそうです。消費者の人たちは使い勝手については饒舌です。まともなリサーチャーはつねにその消費者の人たちのひとつひとつの言葉が、作り手、あるいは売り手にとってはどういう意味をもつのかをつねに頭の中で翻訳し、さらに作り手や売り手がとるべきアクションをより成果あるものにするために、さらに深い問いかけを消費者の人たちにするでしょう。

ビジネス現場では、ほんとうに背景の異なる独特の文化をもっている人たちがたくさんいて、それぞれの人たちの言葉の真意はなにか、また真意を引き出すための努力が必要だということを嫌というほど思い知らされます。

人は立場によって、異なる文化を持っています。同じ日本語を使っているからと言って、同じ意味で受け取っていいとは限らないのです。

「空白の55分」が物語っているのは、専門家の言葉を正し、さらに取るべき選択肢を探るマネジメントの機能の欠如でした。

ドラッカーの言葉を引用し、菅総理のマネジメント能力の欠如については、すでに「みんなの党」の山内康一さんが書かれており、次のような指摘をされています。
さて、東日本大震災における菅政権の危機管理を見ていると、危機管理(crisis management)をやっているというよりも、管理危機(management crisis)に陥っているとしか言えません。
まったくマネジメントがなっていないと思います。
女子高生でもわかるでしょう。
もしドラ:総理大臣編 - 山内康一の「蟷螂(とうろう)の斧」 - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース :

こちらも正しい指摘だと感じます。しかし、政治家は評論家ではないのです。批判しているだけでは困るのです。政治家は実際にコトを起こさなければなりません。つまり与党であれ、野党であってもいい流れに政治を動かすことが仕事であり、その責任を負っています。菅総理にマネジメント能力が欠如しているとすれば、実際に自らがどのような行動を行うことが、国民の利益になるのかを言葉と行動でしめす義務があるのです。あれだけ期待を集めた「みんなの党」が失速気味なのも、そこに原因があるのではないでしょうか。55年体制当時の批判するだけの野党との違いを感じないのです。

はたして、すでに炉心溶融と水素爆発が起こった後の「空白の55分」を谷垣総裁が責めたことが、被災地の復旧や復興につながるのか、あるいは打撃を受けた日本経済の再生に役立つのか、そうでなければ無駄な時間を費やした罪は大きいと感じます。菅総理の退陣が日本にとってほんとうに必要なことだと感じるならば、あの質問では「菅おろし」にはなりません。取るべき行動は他にあるはずです。たんに批判を繰り返すことで、つぎの選挙で民主党政権への批判票を吸収しようという下心しか見えてきません。


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「脱原発」ですでに動き始めたイノベーション戦略

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現在社会が抱えている課題、将来確実に起こってくる課題は、イノベーションが起こる、あるいは起こせる機会をつくり、またそこに新しいビジネスの可能性を生み出します。

現在で言えば、原発を中心としたエネルギー政策は、もはや国民からも地域社会からも合意を得られない状況となり、なんらかの方法で電力確保を行うか、節電を進めるか、あるいはその両方が必要になってきています。いくら原発の設備が安全だと主張しても、人びとの不安感を解消するすべを誰も持っていません。

しかし、そこには当然イノベーションのチャンスも、新しいビジネス・チャンスも生まれてきます。ソフトバンクの孫社長はそういった変化への嗅覚が鋭く、また行動も迅速で、自然エネルギー財団を設立、さらにメガソーラー事業への参入にむけてさっそく動き始めておられます。

ソフトバンク孫社長 「自然エネルギー財団」設立へ 科学者100人集めて政府に提言 - MSN産経ニュース :

孫社長、メガソーラー10カ所検討  埼玉、関西連合が協力名乗り - MSN産経ニュース :

しかし、自然エネルギー発電で、なにが成功するのかは、今はわからない状態です。通信の世界でも、通信の需要が伸びるなかでも、PHSや電話回線を利用したDSLは衰退・消滅の一途を辿りました。

そこに需要が見込めたとしても、なにが成功するかがわからない、またどのような技術やビジネスが登場してくるかも読めず、あっというまに新しい技術やビジネスに市場を奪われることもありえる、また企業の能力や文化が適しているかどうかもわからない状態で、近未来にむかったチャレンジを行うことには極めて高いリスクがつきものです。

とくにイノベーションはいつ、どこで起こるかの予測は困難で、金沢大学の太田教授とクマケン工業の共同研究チームが、アレバ社製品の20倍の能力がある放射線汚染水処理粉末を開発したことが話題になっていますが、誰がそのことを予測できたでしょうか。

これは大きなビジネスに限りません。スモール・ビジネスのほうがそういったリスクに耐える体力がないのですが、しかしどのような道を選ぼうが、将来はそういった不確実性に満ちていて、リスクから逃れることはできません。

さまざまなベンチャー・ビジネスの足跡を辿ると、実際にチャレンジしないとわからないことが多く、チャレンジした入り口で最初から成功したとは限らない事例の多さに驚きます。
問題は入り口ではなく、チャレンジしていく過程で、いかに失敗を学び、遭遇した課題を克服する能力があるのか、また新たなチャンスを見出しそれをうまく掴む能力やセンス、また運を持っているかどうかのほうがはるかに重要です。

たとえば、アスクルは、今は伸び悩んでいるようですがこれまでに実現してきた成長は驚異的でした。しかし最初から成功したわけではありません。プラス文具の商品を小規模オフィスに売る通販事業としてスタートした最初は小さな規模でしかありませんでした。通販事業というサービスに徹し、プラス文具と競合している企業の商品も扱うことに徹したことから快進撃が始まります。

マイクロソフトも、本来のビジネスではなかったMSDOSをIBMに売るチャンスがなかったら今日はなかったでしょうし、あのマーケティングの天才、スティーブ・ジョブスも幾度も失敗を体験し今日があります。

重要なことは、本気でチャレンジしている当事者でなければわからないこと、発見出来ないことばかりだということです。

チャンスがあり、チャレンジすることに社会的意義を見出し、またチャレンジする価値を見出せば、やってみることです。どのビジネスが成功するのか、またどのようなイノベーションが起こってくるかは、いくら有能なシンクタンクに研究してもらってもわかりません。

しかし、新しいビジネス、あるいはビジネスの変革はリスクを伴うので、そこに本気でチャレンジできず、いくら自らの事業が衰退の道を辿っていることがわかっていても、そこからの脱却ができない産業もあります。
かつて「ゆでガエル現象」ということが盛んに言われたことがありました。しかし今日は再び、「ゆでガエル」になってしまうことの危険性が多くの分野で高まってきています。
ひとつの例で言えば、新聞業界です。発行部数も、広告費も落ちてきているのですが、それを打開するビジネスの変革を起こせません。新聞の電子版化も危機感が薄いために、本気で追求していません。

さて、東芝ははや従来成長戦略の軸としていた原発事業からの転換を打ち出し、また風力事業に参入することが報じられていますが、東芝が自らの事業を「原子力産業」と考えず、「エネルギー産業」と定義しているから、柔軟な転換ができるのでしょう。

asahi.com(朝日新聞社):東芝、原発から環境に軸足 原発事故受け経営方針転換 - 経済を読む - ビジネス・経済:
東芝、風力発電事業に参入 韓国ユニスンを傘下に - IBTimes:世界の最新ビジネスニュース :

ビジネスチャンスがあり、多くの企業が参入すればするほど、さまざまなイノベーションが起こる可能性が広がってきます。そのダイナミズムをさらにどう増幅させるエネルギー政策を転換していくことで、イノベーションを促進し、これまでのように成熟した分野でイノベーション競争を行うよりも、日本を再び技術立国として再建する早道だと感じます。


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被災地復興にやがて襲いかかるTPP

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いかに菅総理が国民からの信頼を得ておらず、またリーダーとしての資質に疑問を感じるとはいえ、それ以上の失態をやっているのが自民党だと感じます。自民党が、福島第一原発への海水注入の55分間の中断を追求し、国会で揚げ足を取ることに無駄な時間を費やしていることには正直なにを血迷ったのかとあきれ果てました。

現場判断で海水が注入は始まったのが、12日午後7時4分。その時点ではすでに燃料棒は溶融していたことが明らかになってきており、また1号機の水素爆発が起こったのは午後3時36分。それを考えると、55分の中断が致命的な問題を引き起こしたとは考えづらく、もしそれが大きな問題であったとするのならば、谷垣総裁はその根據を示さなければ、たんに言いがかりに過ぎず、過去の原発行政への責任をそらすために悪質なパーフォーマンスをやっているにすぎません。

自民党は、救国内閣の要請にも、復興実施本部への参加も拒否し、そこに巻き込まれるリスクを避けたわけですが、リスクを取らない人たちを信用することはできません。リスクを取らずに評論だけやっているから本質的でない問題で騒ぐしかないことになってしまったと感じます。追い詰められているのは自民党のほうかもしれません。

さて、今回の震災で再度検討しなければならないのはTPP問題だと思っています。TPPをめぐっては3.11で状況がまったく変わってしまいました。TPPが農業にあたえる影響は確実です。それを個別所得補償などによって農業への打撃の緩和をはかろうとしていたと思いますが、それも困難になってきています。

TPPは環太平洋戦略的経済連携協定で、参加国は多いとはいえ、参加国合計のGDPの90%以上を日米が占めており、実質的には日米経済連携協定です。現在のオバマ政権は米国の輸出を伸ばし倍増させることで経常収支の赤字の改善と雇用を増やすことを狙っていますが、その戦略のひとつがこのTPPです。

日本がこのままTPPに参加しても、工業製品の日本への輸出が伸びるとは思えず、輸出を増やす標的のひとつが農業であることはいうまでもありません。もちろん簡保や共済などの保険も標的でしょうが、東北地方の復興の足枷になってくるのが農産物の自由化です。

また、震災の影響で日本の経済状況はさらに厳しくなってきますが、体力を失っている状況でTPPに参加して果たして日本に得策かどうかです。

東北地方を考えると、農業就業人口が62万ですが、復興計画で東北地方に農業を捨てさせるのか、その際に農業就業者62万人の雇用、また農家人口168万人の生活をどうするのかという問題が確実に発生してきます。TPPについて再度冷静に考えることが望まれますが、その議論も再考への動きもないことが気になります。

ちなみに、TPPに関しては、マスコミも経済界も総動員で賛成、推進というなかで、それらとは違った視点を展開しているのが、経済産業省の官僚で現在は京都大学に出向し教鞭をとっていらっしゃる中野剛志さんです。TPPに賛成か反対かは別にして、この一冊は目を通しておくことをオススメします。

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さて、話を戻して、非常時の判断がどうであったのかは、今後の危機管理に生かすために後に検証することは必要ですが、いまはその段階ではありません。まして倒閣に利用すべきものではありません。

自民党が提言すべきは、この復旧を促進するためにはどのような知恵があり、さらに復興に関して、TPPも含めてなにを議論すべきで、どのような政策が求められているかです。もう一歩踏み込めば、東電の賠償スキームを自民党ならどう考えるかです。しかし我が身に火の粉が振りかかりそうな問題からは逃げているとしか映りません。

それこそ菅総理が唐突に持ち出したTPP参加にたいして見直しを求めて論戦を張ってみてはどうでしょうか。

我が身を捨ててこそ、国民の信頼は得られます。国民を想い、ライバルを敬い、互いに知恵を競いあうというのでなければ、自民党は政権党復帰を目指すべきではないし、国会議員としての資質も問われてくるに違いありません。

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映画『マイ・バック・ページ』の見方

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妻夫木聡と松山ケンイチの豪華キャストによる『マイ・バック・ページ』の上映がいよいよ開始されます。実は、この映画について、友人を介してある映画関係者から意見を聞かれ、また試写会にも招待されたという経緯がありました。
『マイ・バック・ページ』オフィシャルページ
『マイ・バック・ページ』オフィシャルブログ

正直言って、原作を読むと、いったい誰に向かってなにを感じてもらいたいかがわからず、映画化するには内容がないと思っていたのですが、映画を見た限り、週刊朝日、朝日ジャーナルの記者で、事件に巻き込まれ、その後に記者の職も失った原作者の著書を超え、山下敦弘監督が見事に作品化していると感じました。

この映画を観る前に、多くの人が知らない、またおそらく社会が隠してきた事実を知って置く必要があると思います。当時の学生運動といえば、大学バリケード封鎖やそれが敗れる東大の安田講堂に学生が立てこもり機動隊とやりあうシーン、よど号ハイジャック事件、また連合赤軍による集団リンチが起こった浅間山荘事件、そしてこの『マイ・バック・ページ』のテーマとなる、朝霞の自衛官殺害事件などが取り上げられることが多いのですが、これらはそれまで急激に拡大していた学生運動が終焉する過程で起こったことです。

当時の学生運動は1967年から1969年にかけたベトナム反戦で急拡大していった時期と、それ以降では質的に大きく変化します。

ベトナム反戦に関しては、ベトナムが共産主義化すれば、すべてがドミノ倒しのように共産主義圈が拡大するという、宗教じみた「ドミノ理論」を根據に、ベトナムで非人道的なナパーム弾や奇形児が大量発生した枯葉剤などをアメリカが使ったために、全世界の学生が立ち上がった運動でした。当然アメリカでも起こっています。

とくに日本政府はアメリカとの協力関係を堅持する方針であったために、日本のベトナム戦争の後方基地化が進んでいき、それに抗議する運動の輪が日本各地で広がっていきました。とくに、1967年10月8日に当時の佐藤首相が文字通りアメリカの傀儡政権でしかなかった南ベトナムを訪問することを阻止しようとした羽田空港に通じる弁天橋の上で、同じクラスだった山崎博昭君が死亡します。
羽田闘争 :

当時はヘルメットをかぶっている学生は少なく、学生の羽田空港への侵入を阻止しようとしていた機動隊の列から、突然大量の投石があり、学生がたじろいだ一瞬、機動隊が学生を襲い、警棒で滅多打ちにします。
その現場にいたのですが、警棒の乱打から頭を守ろうとした手の甲は骨にひびが入り、幸か不幸か、そのうち頭に一撃を受け、血が吹き出したので、機動隊が暴行をためらい、その間隙に学生から救出されました。そのシーンは今でも脳裏に焼き付いています。山崎くんが亡くなったのを知ったのは病院で治療をうけ、仲間に再度であった時でした。

この事件があって、学生の行動が過激化していきます。しかし学生が展開した大きな闘争はほとんではゲリラ戦でした。首都圏を麻痺させるぐらいのパワーはありましたが、それ以上ではありませんでした。

当時の運動が矮小化されて伝わっていったので、多くの人がなぜ国粋主義者であった作家三島由紀夫と学生が互いに共感しあっていたかが理解出来ないかもしれませんが、三島由紀夫にしても、学生にしても、共有していたのは、日本がなぜ、対米従属をつづけ、米国の植民地でありつづけようとするのかということへの怒りだったと思います。

しかしその後、三里塚闘争という農民闘争などにテーマが拡散することで、ベトナム反戦でやっていた多くの運動家も学生運動の意義を感じられなくなり去っていきます。

それとともに学生運動が変節していきます。この映画でも当時の京大の助手であった滝田修氏をモデルにした革命家気取りの人間に、松山ケンイチ演じる梅山は心酔していくのですが、当時を知っていれば、滝田修の率いるパルチザンは組織化能力のない泡沫グループでしかなく、滝田修氏がベトナム反戦運動に貢献したという話もなく、また参加していたのかもよくわかりません。

ひとつは、ベトナム反戦という攻めの運動から大学の改革を標榜し、大学にバリケードを築く守りの運動にむかっていったことでした。この映画のなかでも革命の妄想に酔い、革命家を気取る松山ケンイチ演じる梅山の革命運動への参加の呼びかけに、大学にバリケードを張ってなにを守るのかという素朴な疑問を学生が投げかけるシーンがありますが、当時の学生でもそう感じていた人は少なくなかったと思います。

もうひとつがこの映画のように、ベトナム反戦では消極的にしか運動に参加しなかった、あるいは年齢的に参加できなかった「遅れてきた青年」達がありえない革命を信じ、武装蜂起による革命を標榜して過激化していきます。

浅間山荘事件でもそこにいたのは、組織的な運動の経験を積んでいない無名の人たち、あるいはベトナム反戦運動で運動が盛んだった頃には姿を消していた人たちでした。実際に運動の組織化を経験していないために、頭だけで考えてしまうと、妄想はどんどん広がっていきます。やがて自らつくりだした妄想に自らもはまりこみ逃れられなくなるのでしょう。

この映画のなかでも実在しないに等しい弱小の「赤邦軍」を語り、つぎつぎに嘘で固めていく、また自分自身もその嘘に酔うように、梅山は過激化していきます。

そして重要なことはベトナム反戦でやっていた頃は社会からの支持があったのですが、武装蜂起による革命を標榜したとたんに社会から孤立し、孤立のなかでさらに過激化の悪循環にはまっていきます。

この映画の主人公である妻夫木演じる週刊誌の沢田記者も同じです。大学時代には学生運動を眺めるだけで、その後悔があり、ジャーナリストとして学生運動を追いかけようとするのですが、そこに落とし穴がまっています。

革命家を気取る梅山も、沢田記者も共通するのは、参加しなければならなかった時期に遅れてしまったというコンプレックスです。このコンプレックスが冷静な判断力を失わせていきます。

しかし、考えても見れば青春時代にはさまざまな間違いもあり、世の中を見誤ることもありますが、理念もなく、また展望もなく尊い人の命まで奪う犯罪にまで至ったことは、異常としかいいようがありません。いったんそういった思考回路にはまると抜けだせないのが人間かも知れません。

この映画は当時の学生運動で起こった事件を借りながら、見事に、原作にもあった男の涙、男が泣くときに焦点をあわせ、ラストシーンに凝縮させています。この映画のテーマを、まさにそこに置いています。いったい、沢田記者は、記者を追われ、焦燥したなかで出会ったものとはなにだったのか。そこでなぜ涙が止まらなかったのでしょうか。その謎を解くためには映画『マイ・バック・ページ』をぜひ御覧ください。

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関西を楽しむ新しい情報サイトがJR西日本から

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3月28日にJR西日本のインターネット情報サービス「マイ・フェイバリット関西」略して「マイフェバ」がオープンしています。九州新幹線が全線開通、また「駅」と「街」がひとつになって誕生した大阪ステーションシティのオープンというふたつのビッグイベントを機に、関西の魅力を伝えるために情報提供と交流をめざしたサイトをJR西日本が企画し、提供を開始したものです。

マイフェバ

関西のおトクで楽しいおでかけ情報サイト マイ・フェイバリット関西(マイフェバ) :

旅をすることや日常過ごす街と違う場所におでかけする魅力は、そこになにか発見があったり、また新しい触れ合いや体験の刺激をうけることですが、旅にしても、おでかけにしても、導いてくれる情報の豊かさが、魅力や価値を広げてくれます。

さて、新しいサービス「マイ・フェイバリット関西」のついてJR西日本の担当者の人から直接お話が聞けるというお誘いがあり、テーマとしても興味があったこと、また他のブロガーの方も参加されるというので交流もかねて先週末に出かけてきました。そのレポートです。

「大阪」が加わり、関西の魅力が高まっている

いいタイミングでの情報提供サービスの開始だと思います。関西は、京都や神戸は都市そのものがブランド化しており、関西の魅力となってきました。また遷都1300年のイベントで奈良も訪れる人が増えていますが、大阪はどちらかというと旅行先としての魅力や吸引力に欠け、まるで空白地帯のように、京都や神戸にはでかけても大阪は通過地点でしかなかったと思います。かつて都市のイメージを調査したことがありますが、大阪で思い浮かべるものという質問に、回答が圧倒して多かったのは「たこ焼き」と「お好み焼き」でした。大阪で生まれ育ったものとしては愕然としますが、また妙に納得してしまう結果でもありました。

大阪の魅力が発掘されていない、また情報化されていないということですが、なにかのきっかけがないとなかなかそれは進みません。しかし大阪ステーションシティのオープンは、大阪駅に新しい都市としての象徴的なスポットが生まれただけではありません。
「大阪ステーションシティ」カッコよすぎ惚れた (ネタフル): l

すでに始まっている百貨店戦争にみられるように大阪駅周辺が活気づきはじめ、さらにより広く大阪という街の個性や魅力の再発見が始まると思っています。
さらに大阪からは、大阪とは個性ががらりと変わる京都、神戸、奈良も近く、またその経路にも魅力ある街があり、コンテンツとしては豊かですが、問題はその情報化の担い手でした。

この「マイ・フェイバリット関西」がそういった旅先としての関西、またおでかけ情報を広め、また深める役割を担うサイトとして育ってくれることを期待してやみません。

「マイ・フェバリット関西」の可能性


それはこのサービスが、もちろんさまざまなおトクな特典を提供してくれていることもありますが、携帯やスマートフォンでのGPS機能と連動したものであることと、利用者が情報を書き込み、情報をシェアできる仕組みをもっていることに尽きます。モバイルで、自分のいる周辺のお店や美術館や史跡などの施設のスポット、あるいは近辺で開催されているコンサートなどのイベント情報を検索できるだけでなく、訪れたスポットにコメントが投稿できます。飲食店だけなら『食べログ』などのクチコミサイトがありますが、スポット情報やイベント情報など情報の幅が広がっています。
現在は、スタートしたところで、編集者からの情報提供がガイドラインになっていますが、おそらく、利用者からのスポット登録機能を追加すれば、情報が飛躍的に広がり、また深化していく可能性を感じます。
JR西日本が、旅とおでかけ情報の情報プラットフォームを提供するスタンスに徹すればの話ですが。そこに踏み込めるかどうかに注目したいところです。

「マイ・フェバリット関西」の魅力

では、JR西日本でご担当の人たちに取材してきましたので、簡単に『マイ・フェバリット関西』の魅力をご紹介したいと思います。

コインが貯まるおトク

このサイトに登録すると、またサービスを利用するたびにコインが貯まり、一定ポイントになると素敵な賞品があたる抽選応募のチケットに交換できます。とくに5月31日までに会員登録すれば、最初から50コインのボーナスコインがもらえ、応募するためのチケット1枚になるので、登録をお急ぎください。

モバイルで使える魅力−専用アプリとチェクイン機能
iPhoneなら、APPストアで、アンドロイド携帯もQRコードでサイトに訪問すれば、アプリがダウンロードできます。いずれも無料です。携帯ならQRコード読み取りで携帯専用サイトをブックマークしておけば利用が可能です。
モバイルで利用すると、GPSの位置情報と連動しており、周辺のお店やスポットの検索ができるだけでなく、訪問したスポットでチェックインボタンを押すと、コインが加算されます。またチェックインしなくとも、気になったところを「気になる」スポットとして登録し、このサイトからMIXIやツイッターへマルチ投稿をすることでも加算されます。
このサイトでは編集者の人によるおすすめコースが紹介されていますが、おすすめコースと連動しチェックイン機能を利用した、面白いスタンプラリーの企画も提供されています。

コース

JR西日本のサイトには、出発地と目的地、またお出かけの目的を選ぶと地図で散策コースとその途中のスポットが表示される面白い機能のある「おでかけナビゲーター」というサービスがありますが、このナビとの連動や、読者が企画し、編集したオリジナルなスタンプラリーができればもっと面白くなってくるのではないかと感じました。
おすすめのモデルコースを自動で作成!おでかけナビゲーター:JRおでかけネット :
情報のシェア
各スポットについてのコメント投稿ができ、情報をシェアすることができます。それだけではなく、MIXIやツイッターとの連携が可能で、投稿したコメントをMIXIやツイッターに自動投稿することができます。
三都物語−おトクなツアー企画
こちらは、九州や中国また北陸からの宿泊込みのツアーが格安の価格で提供されています。とくにJR西日本が運営するホテルグランヴィアとのセット企画は、大阪駅直結で、近隣都市へのアクセスから言っても、また大阪ステーションシティの訪問にも最適なので、きっと人気がでてくると思います。
SMART ICOCAの特典
SMART ICOCAカードをお持ちの方は、5月31日までのキャンペーン期間中に「マイ・フェバリット関西」に登録されることをおすすめします。列車に乗ると、通常の40倍(運賃10円につき2ポイント)のJ-Westポイントが貯まるというおトクさです。

関西の魅力化はJR西日本の重要なミッション

少子高齢化と労働人口の減少は、通勤需要の減少をもたらします。当然、鉄道は働く人のための移動手段から、駅の施設を利用する魅力、また鉄道による移動の魅力を創造する存在に変化していくことが求められてきます。
そのためには、大阪ステーションシティのように駅の価値を高めるということも期待されますが、また移動の価値は、そういった施設の開発だけでなく、地域の魅力を再発見し情報化する、つまり地域の魅力のキュレーターとしての役割を担うことが重要なミッションとなってくるものと思います。

生産のための移動から、楽しむための移動へ。その進化に「おでかけナビゲーター」や「マイ・フェバリット関西」がそんな情報のプラットフォームになっていくことを期待します。

その最大の鍵は、やはり、ユーザーとの「協創」だと思います。JR西日本が提供できる情報と、ユーザーが発掘する情報のコラボレーションをぜひ積極的に追求してもらいたいと感じました。

帰りに、おみやげとして駅弁を持って帰ることをおすすめいただき、お言葉に甘えて、近畿地方の清酒桜正宗入り さくら御膳と確かもうひとつは中国地方の漫遊弁当を選びましたが、どちらも食材からよく吟味されていてす美味しく、すっかりご馳走になってしまいました。この駅弁も対象弁当についているマークを集めると、抽選で商品が当たるそうです。詳細は「駅弁マスター」を御覧ください。なかなかきめ細いですね。


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「発・送電」分離ではなく、「発・送・配電」の分離が重要です

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電力自由化をめぐっては、「発送電分離」という言葉が流れていますが違和感があります。

電力のビジネスを考えると、製造業にあたるネルギー資源の調達と電力を生産する製造機能にあたる発電、電力を届け、また需給を調整する物流機能にあたる送電、最終の需要家に電力を売る小売機能をもった配電の3つにわかれ、現在は電力買取りが部分的には行われていますが、おおむね電力会社がセットになったビジネスになっています。

送電に関しては、いまさら高圧線や電柱、変電所、地下ケーブルなどの施設を重複して敷設することは無駄であり、また環境への影響を考えるとその資産を利用し、引くつぐことが合理的です。この分野での競争は期待できません。

発電は、電力会社の発電部門、余剰電力を抱えた鉄鋼などの製造業、また風力発電施設をもつ地方自治体や事業体、さらに太陽光発電や地熱発電などのさまざまな新規参入が期待できる分野であり、電力会社の発電部門を分離すれば、現在以上に発電ビジネスが活性化します。ごみ処理施設も発電さえ行えば、電力を電力の卸市場を通して売ることができます。

しかし、問題は誰がそれらの電力を売るかです。電話なら送電にあたる回線や構内施設はNTTのものを使っても、電話による通信を売る会社はNTTだけでなく、ソフトバンクであったり、KDDIであったり、今では競争が起こっています。

電力もまったく同じで、今はその地域の電力会社と契約するのがあたりまえですが、小売部門としての配電会社が分離されればどの配電会社と契約するかの選択ができるようになります。また電力消費の多い産業用を考えると、全国展開している小売チェーンや外食チェーン、また多地域に工場のある企業に、もっとも有利になる電力を仕入れ、一括して電力を売るというビジネスが生まれます。発送電の分離ということでは、この電力小売りのところが抜け落ちてしまいます。

送電会社がこの小売機能も持ってもかまわないとしても、送電と配電を一体化させると地域独占のままとなり、電力小売での競争が起こってきません。

この分野が、電力消費の最適化、また電力コストの削減などの技術やシステムの開発やコンサルティングを含めた「総合エネルギーサービス産業」(ESCO)の進化ともなり、電力競争の主役を担う存在ともなってくるので、そこで競争が起こさなければ電力自由化による電力ビジネスの活性化にはつながってきません。

多くの産業がそうであるように、川上と、川下のほうがイノベーションのチャンスが多いのです。またそれが海外との競争力を高める技術やノウハウ、またシステムともなってきます。

電力自由化の話は新しいようで古い話であり、どなたかがイノベーションが起こらないと電力会社の分離はうまくいかないと書かれていましたが、そんなことはなく、海外では電力会社の機能別分離がとっくに進められ、すでに分離されています。ロスの大停電という失敗もありましたが、その後はとくに問題は起こっていません。

イノベーションというと、技術だと未だに思っている人がいますが、決してそうではなく、ビジネスモデルを変えることもイノベーションです。ドラッカーも「イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)」でこう述べています。
 イノベーションは技術に限らない。モノである必要さえない。それどころか、社会に与える影響力において、新聞や保険をはじめとする社会的イノベーションに匹敵するものはない。
 18世紀啓蒙主義による社会的イノベーションの一つである近代病院は、いかなる医学上の進歩よりも医療に大きな影響を与えた。
 多様な知識や技術を有する人たちを働かせるための知識としてのマネジメントもまた、今世紀最大がのイノベーションだった。それは、まったく新しい社会、いかなる政治理論も社会理論も準備していない組織社会を生み出した。
電力会社を分離することで、電力会社に働く人たちにとってもイノベーションにかかわる機会も、その進化に貢献する機会も生まれてきます。持っている知識を活用し、起業するチャンスも起こってくるでしょう。

電力会社の発・送・配電分離というのはすでに海外では実績があり、とくに政府がコストをかけずに行える成長戦略のひとつにきっとなってくると思います。


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一般紙の有料電子版は成り立つか

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昨日から朝日新聞が有料の電子版をスタートさせました。日経や海外紙のように一般紙とは異なるポジションを持った電子版と異なって、一般紙は、それが朝日であれ、読売でも、毎日であってもまったく興味がなかったのですが、最初のお試し期間二ヶ月は無料ということなので早速登録してみました。まったくの野次馬です。それにしてもネットでもほとんど話題になっていないところが痛々しく感じます。

日経電子版は、一年で有料会員数が13万人を超えたといわれています。しかしそれでも日経の発行部数の4%程度で、ウォールストリートジャーナルの100万人とは比較になりません。

日経は「紙」を守るために、「紙」との併読なら1000円アップ、電子版だけの場合は4000円という電子版としてはおそらく世界一高い価格をつけましたが、電子版を普及させることに本気になっていないからでしょう。それでも13万人の有料会員を得たことはいかに独自のポジションを持っているかを示しています。

さて、朝日新聞の電子版を覗いてみた印象ですが、パラダイムが従来の紙の新聞と変わっていないことを感じます。インパクトもサプライズもまったく感じません。サプライズがあったとすれば、なにか文字が大きく紙面の密度を感じさせず、電子媒体としての工夫がほとんど感じられない、これで有料なのかということぐらいでした。

おそらく、新聞社は、ほとんどの人が新聞を紙媒体で読むという前提で、その読者を囲い込む競争を行い、各社とその記事の質や発行部数で競いあってきたし、現在も競い合っているのでしょう。市場が永続するという幻想にたった、まったく売り手側の発想です。

しかし、時代は大きくかわりました。情報を得るメディアがインターネットの登場で多様化し、どのメディアから情報を得るかの選択を読者が握り、新聞社と読者の関係が根底から変わってしまったのです。

つまり、競争の焦点が、どの新聞を購読してもらうかという競争から、新聞をわざわざ読んでもらえるかというメディア選択の時代の競争に移ってきたのです。他の新聞社と違う価値ではなく、新聞そのものの価値が問われてきているということです。

溢れるほどの多くのメディアからわざわざ選んで読んでもらう理由や価値をつくりださなければならなくなったのですが、それに適応するためには従来とは異なる発想や能力を持たなければなりません。

ちなみに、どの程度の時代の変化が新聞社を襲っているかですが、文化庁が「国語に関する世論調査」をやっており、平成13年と平成20年の調査結果の比較のグラフを掲載していますが、新聞から必要な情報を得るという人の割合は高齢者を除いて下降してきているのが現実です。インターネットと答えた人の増加とは対照的です。この数字の落ち込みに人口をかけ合わせるとその変化の凄まじさが想像できると思います。

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紙媒体が存続している理由は、宅配制度で新聞を契約して朝には記事を見て社会の動向を知るという生活習慣をもった人が、新聞購読を止めるリスクを嫌っているからだという認識に立つべきなのです。そうでなければ、発想を切り替え、自らの存在理由を再構築するために新しい道を模索する動機も生まれてこないものと思います。

新聞はジャーナリズムとしての価値が果たしてあるか、その存在価値が問われ始めているわけで、紙媒体か、電子媒体なのかの手段以前の問題だと思います。

記者会見のオープン化によって、また記者会見がUstreamやニコ動で流れるようになって、記者クラブ制度による一次情報の独占も崩れてきています。Ustreamやニコ動で直接見ると、新聞記事の希薄さを感じ、さらに新聞でなければならない根據も薄れてきています。

新聞社が、そういったパラダイムの転換を行わない限り、電子版が成功するとはとうてい思えません。

朝日新聞が電子版では「総合」を止め、それぞれの記事の深さを追求すれば新しい道も見えてくるかもしれません。問題はそれを続ける取材体制、記者や編集者の余力があるかどうかです。電子版かどうかよりは、コンテンツそのものの価値が問われているのです。システムを考える前にマーケティングから考えるべきです。


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ドナルド引退の危機か

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ゼンショーの売上高が前期比11%増の3707億円に拡大し、日本マクドナルドホールディングスの売上高3237億円を抜き、国内外食のトップとなったことが話題になっていましたが、それでもフランチャイズ店の売上げを加えるとマクドナルドは5427億円の売上げでトップだといえます。
さて米国のマクドナルドも好調が伝えられていますが、思わぬ落とし穴が待ち構えていたようです。

マクドナルドのハッピーセットなどが、子どもへの「ジャンクフード」で、販売をやめ、キャラクターのロナルド(日本ではドナルド)を引退させるよう求める書簡に、550以上の団体や栄養専門家らが署名し、本日にも米国の大都市圏の新聞6紙に全面広告の形で掲載されるとウォールストリート・ジャーナル日本版が伝えています。
マクドナルドに「ジャンクフード販売」中止要請―ロナルドにも引退勧告 - WSJ日本版 - jp.WSJ.com :

子ども向けの製品を売る食品業者への風当たりが米国では強まってきており、いくつかの関係政府機関も子どもやティーンズを対象とした食品の指針を提案しているようですが、マクドナルドがどのような対応をするのかが注目されます。

ソーシャル・メディアが普及し進展すればするほど、とくに消費財や消費者向けサービスの企業には、マーケティングを駆使して売れればいいというだけでなく、倫理や誠意、高い理念や使命感をもった企業市民として人びとに認められる存在であることが求められるようになってきています。それだけに、はたしてドナルドを引退させハッピーセットの玩具をひっこめるのか、子どもにむけた健康メニューを開発提供し、子供たちをジャンクフードに誘うまるで「ハーメルンの笛吹き男」のような汚名を晴らし、健康な食事の象徴となる良いおじさんになれるか、ここは瀬戸際かもしれません。

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電力の発送配分離は電力会社の進化にもつながる

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経営の考え方でしょうが、企業の進化よりも安定を願えば、電力会社の地域独占はすぐれた企業の資産です。イノベーションをはかることは必要なく、効率化と安定を追求すれば良いだけの経営になります。

しかし、見方を変えると、競争のない、あるいは競争をコントロールできる独占体制は、企業体質の弱体や腐敗をも生み出し、企業の進化を阻害します。

今回の福島第一原発事故対応での東電の経営者あるいは広報の人たちの姿や行動は、企業規模の大きさと比べて、いかに頼りなく危ういものであるかを感じさせました。地域独占の企業の脆さそのものがでてしまったように感じます。
効率や安定のためにリスクを避けることには長け、正しい情報を流さない、「法に違反しない、リスクを避ける」という間違ったコンプライアンスに徹してきたこと、またむなしく事故現場と遠く離れた本社ビルで会見が繰り返されたことは経営中枢がいかに現場力にも現場感覚にも欠けるかをも示しました。まるで映画「踊る大捜査線」さながらの光景です。

さて、福島第一原発事故により、また原発に変わる代替エネルギーの開発の必要性の認識が急速にたかまるとともに、再び電力自由化、それを進めるための電力会社の発電、送電、あるいは配電の企業分割が話題となってくるようになりました。

電力自由化、企業分割で感じるのは、かつて電力会社も危機感と緊張感のあった時期もあったことです。
それは、電力自由化の世界的な流れ、また企業分割の流れにどう対処するか、その結果競争によって独占体制が崩れ、その結果発生する余剰人員をどう吸収するのかに備えるようとしていた頃のことです。だから、経営の多角化に踏み込んでいたのです。

その一例が光ファイバーによる情報通信分野への進出でした。東電はその経営がうまくいかず、KDDIに事業を譲渡しましたが、関電系列のケイオプティコムはeo光のサービスでNTTにつぐ地域シェアを占める特異な存在となっています。

しかし、その後のさらなる原油の高騰と地球温暖化の対するクリーンエネルギー化の流れで、原発政策が一段と進められ、電力会社の分離の話はたち消えてしまいました。電力会社の地域独占を残し、そのコントロール下での電力自由化でしかなくなったのです。

さて、電力会社の発送配の機能による分離や自由化のハードルは高いでしょうか。いえ、さほどハードルは高くないと思います。もともとが企業分割に備える準備を行っていたので、企業分割によって経営がどうなるのか、またどうあるあるべきかを考える人材もいるはずです。残されているのは政府の決断と決定だけだと思います。

各企業や家庭がその時点でどれくらい電力使用しているのかを把握し、電力需給を自律的に調整するスマートグリッド化も案外早く実現できるのではないでしょうか。

ご存じない方も多いと思いますが、電力会社の送配電網には、光ファイバーが併設されています。それは電力の消費と供給のバランス調整、あるいは事故による停電時などの際に迂回するルートをコントロールするためのもので、すでに電力は高度に、おそらく世界的に見てももっとも進んだインテリジェント化が行われています。あとはそれと各企業や各家庭を結ぶだけで、さほど難しい課題とは思えません。

電力自由化が重要だと思うのは、首都圏のように多くの企業の本社機能が集積し、また人材も集まっているのとは異なり、他の地域では、電力会社の存在の大きさや影響力は小さくありません。

各地域の電力会社が活性化し、さまざまな新しいサービスを生み出す攻めの存在になるのか、現在のように地域独占のなかで堅実な守りのインフラ企業として残るかでは地域の活性化にも大きな違いになってきます。おそらく東電よりも関電のほうがすこしでも多角化が進んだのは、関西は大阪ガスの存在が大きく、エネルギーをめぐっての激しい競争が繰り広げられてきたからでしょう。

電力自由化は、政府決断だけの問題です。東電の賠償スキームも発送電分離を視野に入れたものにすべきでしょうし、その準備のための人材が不足しているのなら、電力会社から自由化のあるべき姿やスキームを描ける人材を抜擢すればいいのではないかと思います。そういった人材のほうが現場のことも分かっているのではないでしょうか。

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グロービスの堀さんの発言には異議を唱えたい

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グロービスの堀さんはイノベーションについてつねに前向きな発言をされていると感じていました。しかし、この記事には疑問を感じます。
よく考えないといけないのは堀さんのほうかもしれません。以前、原発に対しての考え方には人によって温度差があり、「反原発」「嫌原発」「脱原発」をわけて考えたほうがいいという提案をこのブログで行いました。それを一把一絡げに「脱原発」とやってしまう議論はあまりに乱暴ではないでしょうか。
かつては経済産業省も電力自由化の流れをつくろうとしていたし、また電力会社も電力自由化にむけて事業の多角化を進めていた時期もありました。しかし、もちろん原油の高騰という背景があったにせよ、原発が電力自由化の動きを阻止する切り口となって、急速に原発が増設されます。それは結果として、いつの間にか原発の安全基準を押し下げ、また自然エネルギー開発を含めたイノベーションが犠牲になってきたのではないでしょうか。だから「自然エネルギー」に関しても目が向けられず、今は発電が不安定な風力や太陽光発電だけを取り上げた次のような発言になっていくのでしょう。
「自然エネルギー」とは、具体的には、「再生可能エネルギー」の風力や太陽光などを指すようである
それは誤解を呼ぶ書き方です。「自然エネルギー」は発電が不安定な「風力や太陽光」だけではありません。たとえば、地熱発電ひとつをとっても日本が世界をリードする技術があり、日本で原発12基分の潜在発電能力があるとされています。原発を嫌う海外へのプラント輸出の実績もあります。その他にマイクロ水力発電、潮汐利用というのもあります。現在は効率が悪い太陽光でも、ごく最近、東京大学とシャープが、現在は20%程度にとどまっている太陽電池の変換効率を、75%以上にできる構造をコンピューターによる解析で突き止めたことが発表されています。 
地熱のようにすでに実績のあるものもあれば、まだまだそれぞれの分野でイノベーションの可能性が残されているものがあり、どの発電方式がもっとも伸びるのか、どのような組み合わせが望ましいかは、それこそ市場のなかでの競争原理で決まってくる世界であり、そういった産業を育てるために政府ができることは技術開発への資金支援と健全な市場づくりであることは言うまでもありません。
当然発電と送電、配電の分離が鍵になってきます。電力会社にとっても都合が悪いわけではありません。電力トップの人たちのように企業規模の大きさや、地域で独占による社会的地位を求める人は別として、電力自由化を進めたほうが長期的には電力会社の社員の人たちの知恵や活力を引き出すことはいうまでもありません。
すべての原発を止めるというのではなく、老朽化した原発、あるいはこれまでずさんな原発政策でリスクのハードルを押し下げて無理やりつくった原発は、見直すという緩やかな見直しであれば、代替案はすでにありそうです。それはそれで検証されるでしょう。菅総理の浜岡原発停止の決定方法はよいとは思わないにしても、そのパフォーマンス抜きに、代替案を探る真剣な議論すら起こらなかったかもしれません。曲解するような報道がありましたが、復興会議の五百旗頭座長がおっしゃっているように、残念なことに今は菅総理の能力を問うている余裕など日本にはないのです。
浜岡を止める、電力が足りない、そうなってはじめて電力というインフラを真剣に考える知恵が働いてきます。あとはその知恵を信頼するかどうかだけの問題でしょう。市場原理主義者ではありませんが、危機の中でそういった知恵やダイナミズムが生まれてくることは経済や産業の歴史が物語っています。アメリカでクリアすることが不可能と思われた自動車の排ガス規制が起こった時もまっさきにそれを乗り越えたのは日本の自動車メーカーでした。
さて、これまでも日本の産業構造転換の遅れ、少子高齢化が引き起こす問題など、日本は、過去からの慣性に引きずられ、分かっている課題に真剣に取り組んでこなかったのですが、やっと原発事故という深刻な問題が起って、間違っていた過去と決別する動きがでようとしているわけで、この転換をどう活かすかのほうが重要だと思います。
それにしても情報の隠蔽体質というか酷いですね。つねに楽観的状況しか伝えない東電がやっと福島第一電発の1号機で、大量の燃料が溶融し、圧力容器の底部にたまる「炉心溶融(メルトダウン)と、冷却水の外部への漏れを認めましたが、最初からわかっていたことではないでしょうか。
極東ブログさんがワシントン・ポストで、このタイプの原子炉を設計した専門家の見解がでていた記事を紹介されていましたのでご参照ください。
堀さんのように影響力のある人こそ、原発推進政策からの転換について、より建設的な提言をされるべきだと思います。
 
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業界が期待をかけた3Dブームも終わりかな

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テレビの3D化については、サムスンとLGが標準規格の主導権をめぐって、技術の優位性を公開検証することを行ったりしているようですが、ニーズのないところでいくら技術を競っても虚しく感じます。
もともとニッチなマーケットとしては成り立ったとしてもその域を超えないところに業界がこぞって参入し、競い合うと価格下落が加速することは当然で、登場して一年で、はや40型で非3D薄型テレビよりも安い10万円を割るものが登場してきています。プレミアム価格となるほどの価値はなかったということでしょう。

ゲーム機ならば、すこしは需要があるかと思っていたのですが、こちらはソフトが不足、またゲームのハードルが高いと、いまひとつ盛り上がりに欠けるようです。東日本での震災、その後の広告の自粛など、3DSに期待をかけた任天堂にとってはアンラッキーなスタートとなってしまいましたが、発売当初の売れ行きの勢いもなくなり、中古価格も落ちてきているようです。また3DSのソフトで人気のないものはすでに投げ売り状態になっているとか。
『ニンテンドー3DS』のゲームソフトが激安価格で販売されている - ガジェット通信 :

3Dは映画にしても、テレビにしても、ゲームにしても、面白いコンテンツをつくることは、企画にしても制作にしてもハードルが高く、またコストもかかるので、このご時世には向いていないのかもしれません。

業界がこぞって期待をかけて殺到した3Dですが、なにかかつてのセカンド・ライフを彷彿させるものがあります。そろそろ3Dになぜのめり込んでしまったのかの検証が必要ではないでしょうか。

人びとがもとめているのは、テレビがどう見えるかではなく、テレビでこれまでに体験したことのないなにができるかで、いくら普通の自動車にウィングをつけても、それはレーシングカーにはならないし、ましてや空を飛ぶ飛行機になるわけではありませんからね。


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地震予知はあてにならないから原発は大丈夫とはいえない

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今回の東日本太平洋沖地震は、地震予知にかかわる人たちにとってはショッキングな出来事だったと思います。
震源となった三陸沖のプレート型地震は、確かに予知されていました。ウィキペディアによると地震調査委員会の発生評価によると、この三陸沖でこの30年以内に発生確率の高いのは、宮城県沖で99%、三陸沖南部海溝寄りで90%程度以上、茨城県沖で80 - 90%となっています。その意味では、この地震予知はあたっていたことになります。

ただし地震調査委員会は、この三陸沖を8つの地域に分けて、想定される地震発生確率と想定される規模を出していたのですが、これらの8つの地域すべてが震源となり、またM9.0という強い地震が起こることは想定外だったということです。

そもそも地球の動きを予知しようというのは、科学の挑戦目標ではあっても、実際には分かっていないことがあまりに多く、リスクの高い地域は特定できても、いつ起こるか、またどの程度の強さの地震が起こるかは予見できないというのが実際のところでしょう。

天気予報が外れることが多く、また台風の進路の予測も刻々と変わることを考えれば、地震についてはもっと分かっていないことが多いので、なにかよほどの画期的な発見でもない限り正確な予知を行うことなど不可能です。

この発生確率の問題で驚いたのは片山さつき議員のブログでした。かねてからいろいろ話題をつくる人ですが、年金問題で見通しもない、しかも常識的にもできるわけがない、また実際にもできなかった突合システムが直ちにできると「朝まで生テレビ!」などで強硬に主張していた姿がいまでも記憶に残っています。
片山さつき -

要は、菅総理の「東海大地震が30年以内に起きる確立を84%」と発言したことは、静岡が高いリスクを抱えていることを表明したことであり問題だ、浜岡原発の停止はコストがあがるので問題だとしているのですが、書かれているなかで発生確率と地震強度の混同もあり、たんに揚げ足をとって目立ちたかったというようにもとれますが、静岡が選挙区という事情もあるのでしょうか。まあ、確率の低い予測に84%という細かな数値を出すことは科学的ではないとは思いますが。
浜岡原発停止理由の資料から意図的にぬけていた?今年初めの福島第一第二の地震確率、0、0%!!?:

むしろ片山議員がその意図と反して示したのは、いかに原発に関しては地震予知が政治利用されていたかではないかということです。

問題は、本来は地震のリスクを想定する予知を、真逆の原発の安全性に置き換え、原発推進の道具にしてしまったことです。活断層の上であろうが、過去に大地震が起こっていようが、どんなに地震のリスクが高くとも、発生確率が低い、想定規模がさほどでないから大丈夫という逆転の発想を意図的にしてしまったのです。

科学以前の問題です。だから地震学者からも異を唱えられることになっているのです。つまり、予知ができないから安全だではなく、予知ができないからよりリスクに万全に備えよというものです。

地震予知は「不可能」、国民は想定外の準備を=東大教授 | Reuters :
東京新聞:「浜岡以外も見直しを」 元地震予知連会長が警鐘:社会(TOKYO Web) :

河野太郎さんが語るように、自民党議員は発言する前にいかにこれまでの自民党が原発に対して真面目に考えてこなかったか、利権をつくりだしてきたか、また経済産業省の暴走を止めることができなかったことへ反省がまずはあるべきでしょう。



重要なことは、大規模な地震災害のリスクを抱えているのは浜岡原発だけではないのです。

地震について、常識的に分かっているのは、地震は活断層のある地域とプレートとプレートがせめぎ合う海域を震源として起こることです。また日本は、過去に起こった地震の記録がかなり残っており、その周期を見ると、もういつ起こっても不思議ではないという地域が分かっていることぐらいではないでしょうか。残念ながら、東北は残っている資料が少なかったのですが、特に浜岡原発は過去の歴史から見て、極めてリスクが高いことは想像できます。ちなみに過去に起こった東海地震を表にしてみました。12世紀以降はほぼ100年から150年ぐらいの間隔で起こっており、最後の安政東海地震からは、終戦一年前の1944年に昭和東南海地震が起こっていますが、東海地震そのものは現在で154年が経過しています。いつ発生するかは神のみぞ知るでしょうが、明日起こっても想定外とはいえない歴史的経緯です。

地震
東海地震 -
東南海地震 -

災害はいつやってくるかわからない、しかもこれまで原発の実態はブラックボックス化されてきており、誰にもほんとうのことがわからない状態です。
地震に対する安全性でも、女川は耐えたけれど、刈羽はかなり危なかった、それを実際に起こってから、いや今回はうまく収まったということで済ませるにしては社会的リスクが高すぎるのです。株主訴訟の問題を指摘する人がいますが、利潤のために地域社会に壊滅的打撃のリスクを負わす権利はだれにもなく、むしろ株主が怒らなければならないのは、リスクを意図的に過小評価してきた原発行政に対してであり、歴代の経産大臣あり、また電力会社への天下り利権までむさぼり、イケイケドンドンのゲームを続けてきた官僚の幹部であるはずです。ちなみに現在電力会社に天下って役員になっている官僚が60名以上いるのですから驚きます。

地震予知はあてにならないから大丈夫ではなく、あてにならないから備えよです。


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SONYの気になる体質

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SONYは、ハード、ソフト、コンテンツ、さらにコンテンツを流通させたり、またオンラインでゲームを楽しむプラットフォームを持つ数少ない日本ブランドです。そのSONYが、ハッカー攻撃を受け、1億件超の個人情報が流出したことで苦しんでいます。

この事件が起こる前に、ハッカーグループ『アノニマス』との対立があり、法廷闘争にまで発展し決着したものの、その対立がハッカーからの攻撃につながったとの推測もでています。

今日の日経電子版のゲームジャーナリスト新清士氏による記事で、この事件はSONYとハッカーの文化の対立があり、SONYはハッカーコミュニティーとの付き合いに失敗したとしていますが、おそらくそうなのでしょう。
ソニーが読み違えたハッカー文化 不正侵入招いた対立構図 :日本経済新聞:
しかし、新清士氏がハッカーのコミュニティとしていますが、プレイステーション3(PS3)のセキュリティーを破った米著名ハッカーのジョージ・ホッツ氏の法廷闘争に対して、「自身のサイトで募金を始めたところ、わずか2日間で弁護士費用が十分に集まった」(同記事)ことを考えると、ハッカーのコミュニティというよりは、ハッカーを支持するもっと多くの市民のコミュニティや文化があるということでしょう。

ところで、この事件を知ったときに、3つの出来事を思い出してしてしまいました。ひとつは、記憶にある人も多いと思いますが、SONY「ゲートキーパー事件」です。SONYの社内LANからブログに自社ライバル社製品の誹謗中傷を投稿していたことがIPアドレスから判明し批判が集中しました。
SONYはネットを情報戦の道具として使っていたこと、匿名性を利用して、ライバルにフェアでない誹謗中傷を行っていたことなど、その体質が疑問視されました。この事件をご存じない方は、ゲートキーパー事件の経緯はこちらのブログに詳しいのでご参照ください。
れとろげーむまにあ: SCEの歴史とゲートキーパー事件を振り返る :


もうひとつは、ウォークマンAシリーズの発売前に始まった「メカ音痴の女の子のウォークマン体験日記」でした。このブログの主人公が、届いたウォークマンを手にした写真をネットに公開したのですが、写真がタングステンハロゲンランプとスタンドを使って撮られたものだと見破られます。

ネットにSONYのあたかも素人が自発的に書き込んだと演じたブログで情報操作しようとしたことが流れ、また書き込み内容も不自然で、さらにアップルを誹謗中傷するともうけとれる内容もあったため、SONY側の「やらせ」に対して非難が殺到し、いわゆる炎上事件が起こったのです。

ネットのコミュニティを侮ってはいけないのは、普通はプロが見れば嘘だとわかってもそれで終わってしまうのですが、それが情報として広がっていくことです。またネットのコミュニティには、企業側よりも豊富な情報力と高い能力をもった人びともいるという重要なことをSONYは理解していなかったのです。おそらく回線のむこうに生身の人がいることが想像できず、ネットは仮想的な空間だと思い違いをしてしまったのでしょう。


もうひとつの事件は、プレイステーションの誕生と成功に欠かせない人材であり、当時はSCEの社長であった久夛良木健氏が、PSPの設計に問題があったことを指摘された際に、「仕様に合わせて貰うしかない。世界で一番美しい物を作った。著名建築家が書いた図面に対して門の位置がおかしいと難癖をつける人はいない。それと同じこと。」(ウィキペディア)と発言して物議を醸したことがあります。その後に不具合と認め、無償修理になりました。そこにもSONYは最高のものを提供する、消費者はそれで遊んでいればいいのだという奢りがあったのではないかと感じます。
久夛良木健-

これらの事件に共通して感じられるのは、企業がひとつの人格として、消費者と向き合うのではなく、消費者は受身で企業が提供する製品やサービスをたんに消費する存在に過ぎず、その消費を拡大するためには情報操作をも行なってしまうという文化です。

重要なことは、ブランドはいったん成功すると、もはやそのブランドは企業のものではないということです。ブランドは、企業から消費者のものに移り、むしろ人びとが求めるブランドのミッションに企業は従わなければならないのです。つまり、コミュニティが期待する文化に企業が応えることができるかどうかが問われてきています。「市民企業」という言葉は最近あまり聞かなくなってしまいましたが、今日はますます「市民企業」でなければ消費者と良好な関係は築けなくなっているのだと思います。
コトラーが、ソーシャル・メディア時代の10の新法則を示していますが、その最初の原則
顧客を愛し、競争相手を敬う
ことが求められているのです。

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人びとは変化が激しく、情報が錯綜する不安な時代のなかで、信頼できる存在、正義や誠意、精神的充足をもとめはじめています。そんな時代に、自社のセキュリティを破ったことに強硬姿勢をとり、ネットのなかに根づいている文化に対立し、企業論理を押し付けたことは、はたして正しかったのかです。

SONYに求められているのは、ブランド・アイデンティティの再構築と、もっとオープンで開かれた企業体質づくりではないかと感じます。でなければSONYのファンを失っていくだけです。この事件が一段落したところで、ぜひそういった企業の文化や体質の改革に取り組んでもらいたいものです。失うにはあまりに惜しい企業でありブランドだからです。

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反原発、嫌原発、脱原発。

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原発のさらなる推進は、もはや国民的合意が得られる状況にありません。福島第一原発事故によって、完璧であったはずの安全性が、もろくも崩れてしまいました。しかも、いったん事故が起こった際に、直接的な死亡事故はなくとも、健康に対する不安や、地域社会や産業を壊滅的な状況に追いやり、広範囲かつ長期に社会的打撃をうけてしまうところが他の事故とは異なるところです。
自立をめざし村おこしを行っていた飯舘村は、その努力も希望も失い、怒りと不安のどん底に突き落とされてしまいました。
までいの力

さて、今回の原発事故の影響をまざまざと見せつけられ、原発に対する不安がいやがおうでも高まってきていると思いますが、整理しておかなければならないのは、人によって原発への認識や今後のあり方についての考え方には温度差があり、おおまかに分けるとすると、「反原発」、「嫌原発」、「脱原発」で考え方が微妙に違っているのではないでしょうか。

さらに、菅総理の中部電力への浜岡原発中止要請というハプニングがあり、それに対する嫌悪感や批判が入り交じってきているのが現状だと思います。

私自身は「脱原発」が、安全性の問題だけでなく、日本のエネルギー産業を活性化させ、日本にとってもっとも望ましい政策だろうと思っています。日本の原発政策には疑問を感じますが、原発はこれまで日本の経済や私たちの生活を支えてきたわけで、とくに原発そのものにアレルギーはありません。

日本の原発は不幸な歴史を背負ってきました。原油の長期的な高騰を背景にエネルギー政策として原発推進の政策がとられてきましたが、妥協を一切しない反原発の立場の人たちとの摩擦を避けるために、原発が国民にとってはブラックボックスになってしまいました。原発推進と反原発の軋轢が不幸なスパイラルとなってしまったのです。

ブラックボックス化されると、誘致、建設、交付金などが利権化しやすくなってしまいます。電力会社への官僚の天下りも恒常化されてきました。いつの間にか、プレイヤーと審判を兼ね備えた原子力安全・保安院という組織もでき、不思議な体制になってしまったのです。
そもそも産業を育成し強化することが使命である経済産業省が安全基準をつくることに無理があったのかもしれません。

反原発の人は、原子力にかかわる学者の多くが電力会社から研究費をもらい、色が付いているから信用できない、あるいはそのこと自体が悪だと批判しますが、まるでかつて産学共同が悪だとした左翼運動を彷彿させます。人材を育てたい、いい研究成果を期待したいというなら、企業が研究機関や研究者に投資するのは自然なことです。

また、反原発の立場で強硬な意見をもつ人は、直ちにすべての原発を止めろという主張をします。しかし現実的にはありえません。日本の経済は一挙に破綻してしまいます。とくに日本は電力を大量に消費する製造業への依存から進化が遅れているために、電力不足の影響は甚大なものになります。
日本経済がさらに悪化すると、失業者や倒産が急増し、おそらく自殺者も増えます。その悲劇があっても構わないというのでしょうか。

現実的には、老朽化した原発、立地でリスクの高い原発から廃炉していくことで時間をかけながら、自然エネルギー発電への移行を進めるしかありません。

さて、昨日はアゴラで原発は、過去を断ち切ることが必要だと書きました。原油の長期的な高騰という背景に、エネルギー政策として原発を推進するという方針のもとに、実際はその安全基準がゆるゆるになってしまっていたのです。
過去を断ち切る

耐震性を見るためにストレステストをやるべきだという声もありますが、そのストレステストの施設を予算削減のために政治が放棄させたのです。

知人のミステリー作家の高嶋哲夫さんは、原子力の研究畑から転身された方ですが、その作品『イントゥルーダー』は、息子がなぜ、誰に命を奪われたのかを父親が追い求める物語です。父親が最後に突き止めたのは、原発が活断層の上に建設される秘密を息子が知ったからでした。

高嶋哲夫さんは専門家だから、活断層の上に原発が建設されるというのはありえないことだという認識があったのでしょう。だから、この小説が成り立っています。

しかし、事実は小説より奇なのです。いつのまにか活断層の上でも耐震性があればよいとされ、また浜岡原発のように、過去100〜150年周期で大地震が発生している地域、しかも、その想定震源域に建設するようになったのです。まだ自然を克服するほどの力は人類にはありません。

原発は安全だという神話がまだ残っているようですが、災害はなにによってもたらされ、なにが起こるかは神のみぞ知ることであり、想定外というのが普通なのです。たとえば、どの程度の地震がいつ起こるかはわかりません。分かっているのは過去にいつ、どこで、おそらくこの程度の地震が起こったという歴史だけです。その歴史から地震が起こりそうな周期に入ってきている地域では、明日に起こっても不思議ではありません。

地震だけではありません。たとえば、日本に悪意をもった武装テログループがあったとしましょう。そのグループが原発を破壊する工作を仕掛けた場合、それを防ぐしくみがあるのでしょうか。おそらくないと思います。

原発は産業としてどうでしょうか。将来性があるのでしょか。

ビル・ゲイツは原発にはほとんどイノベーションが起こっておらず、だから原発にはイノベーションを起こす余地が残されており魅力的な事業だとしていますが、それはチャレンジする立場だから許されることであり、今、まさに原発をインフラとして抱えた日本では、そのイノベーションが起こることに賭けるというのは馬鹿げています。

もっとも大きな課題である使用済み核燃料処理システムはまったく見通しもなく、また天災やテロに対する安全性を考えた場合そこに注力する意味はあまり感じません。

それなら、もっと違う自然エネルギー発電の分野でのイノベーションに期待したほうが、安全性の点でも合理的です。また世界をリードする技術、またしくみを構築する可能性も残されています。

被災地の人たち、また多くの人たちは原発への不信と不安で、もう原発はこれ以上つくるべきでない、危険な原発施設は止めて欲しいという「嫌原発」の立ち位置だと思います。しかし、原発による発電を止めても、使用済み燃料の処理を行わない限り危険性は残されており、冷却のために施設は稼動させねばなりません。原発からの撤退には時間がかかります。それが現実でしょう。

しかし、逐次廃炉にしていくため、使用済み核燃料をどう処理するのかの課題解決の機会も生まれてきています。そのための研究開発に異を唱える人はいないと思います。

電力の自由化と再編、自然エネルギー開発には、その周辺技術やビジネスをも含め、イノベーションの機会が残されており、日本の活性化につながります。ぜひ「脱原発」を進めて欲しいものです。


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「までいの力」の飯舘村をおそった理不尽

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連休前にツイッターで、ぜひ書評を書いて欲しいというツイートがあり、取り寄せたのが『までいの力』でした。

東電福島第一原発の北西30〜40Kmも離れた飯舘村で、事故の10日後に水道水から規制値の3倍を超える放射性ヨウ素が検出され、さらにその2日後には土壌からも高濃度のセシウムが検出され、さらに4月11日に「計画的避難区域」に指定された経緯、その間の政府対応が二転三転したことはご記憶だと思います。

『までいの力』はいかに飯舘村が自立をめざし、自らの手で村おこしを行って来たか、またさまざまなその活動、飯舘村が取り戻した村の魅力あふれた価値についてを紹介した本です。

この本が準備されていたのは、福島第一原発事故の前です。村長のまえがきの冒頭にまさかこのような中での発刊になるとはと書かれていますが、その「まさか」が飯舘村を襲ったのです。福島第一原発事故は、この村の自立への努力を一瞬に吹き飛ばしてしまったのです。

さて気になるのは「までいの力」とは何かです。スローライフの心そのものだと感じますが、スローライフをもっと村の人が理解できる、それに替わる言葉を探していたときに、ある一人の村民の呟きから再発見した言葉だそうです。

「スローライフって『までい』ってごどなんじゃねーべか

『までい』は、古語の「真手(まて)」を語源とした、手間ひまを惜しまない、丁寧に心をこめて、つつましくという意味の東北地方の方言だそうです。この『までいの力』が飯舘村のオンリーワンを目指した村おこしが出会い、さまざまな暮らし方の転換、魔法が起こってきたのです。過疎化し孤立し無縁社会化した村も『までいの力』で人びとがつながる村となり、限界集落の危機も、『までいの力』で、お年寄りが元気に大地を耕す現役に復帰。さらに森と山しかない里山も、『までいの力』で、実はそこは資源の宝庫だという発見につながります。

この本で飯舘村が実践してきた、ある意味で日本の新しい価値観づくりの積み重ねを、福島第一原発事故は木っ端微塵にしてしまったのです。この本から伝わってくる飯舘村の活力、村の生活に魅せられるほど、福島第一原発事故の起こした事故の痛みを感じてしまいます。

本の帯に、この理不尽さへの怒り、明日がどうなるかわからないことで途方にくれた村人の気持ちがぶつけられていますが、同時に「繋がっていれば、決して負けない」という言葉も掲げられています。

「繋がっていれば、決して負けない」というのは、飯舘村だけのことではないようにも感じさせてくれる本でした。

地図上にあるひとつの過疎地、報道で映っている、避難を余儀なくされそれまでの生活を奪われた村民というだけでなく、この本を読めば、なにを私たちが失ったのかの違った視点との出会いがきっとあるものと思います。


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浜岡原発を止めることでの流れの変化を期待

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原発事故が他の事故と比べて異なるのは、今回の福島第一原発事故が示しているように、影響を受ける範囲の広さ、期間の長さであり、また風評被害は、日本国内にとどまらず、海外にまで広がり、食料のみならず、工業製品まで汚染を恐れられるような事態まで引き起こしました。

今回、浜岡電発の停止要請がありましたが、なぜ今の時期にという疑問がでてくるのも当然だとしても、過去からの流れを変えるだけのインパクトはあると思えます。

中部電力からすれば、原発政策は政府が決めてきたことであり、それに従って建設してきたにもかかわらず、浜岡電発を止めることへの要請があったことは理に合わないということになりますが、そもそも甚大な地震が起こり得る中心地に甘い基準で原発をつくる、あるいはそれを認可することが間違っていたのではないかと感じます。
すべての原発を止めるという神がかりの議論は別として、リスクの高い浜岡電発の安全性を見直す、また古い原発は延長しないなどで、原発への依存度を下げていくことが必要になります。そのためには思い切ったインパククトのある政策転換が必要だと感じます。

しかも原発を進めることにどれだけ利権があるのかは想像の域を超えないとしても、他の自然エネルギー活用への動きを押さえる結果にもなり、しかも世界をリードする技術があるわけもでもないにもかかわらず、それは成長戦略としては疑わしい限りでした。

原発の長期的な撤退戦略を選択することで、自然エネルギー利用に流れが変わります。重要なことはこれまでの電力とは異なる新しいプレイヤー、新しい技術の参入が起こってくることで、異業種間の競争が始まります。それはこれまでの原発による独占的な体制を大きく変えます。。
つまり技術革新を促進するしかけをつくりやすいのです。しかもなんら根拠のない話ではなく、地熱発電では日本の技術は高く、しかも太陽光発電の技術も高いわけで、さらにマイクロ水力発電などの新しい技術領域もあり、非現実的な戦略ではありません。

おそらく脱原発の動きは世界に広がっていくでしょうが、焦点は自然エネルギー発電となってくるので、この分野の成長が日本にとっての成長力の源泉になってくるはずです。

いずれにしても、浜岡原発の一時中止が、エネルギー、産業構造、首都圏への過度の集中といった現状からの転換を促す第一歩になればと期待します。

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子供は政争の具にしてはならない

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東日本の被災地の復旧・復興、また福島第一原発事故処理と補償の財源をどう捻出するかが大きな問題となってきます。

だから、与党のマニフェストでうたった子ども手当、高速道路無料化、農家戸別補償、高校無償化も見直しが迫らえていますが、しっかりした財源の議論をおこなってもらいたいものです。

農家の戸別補償は、もともとFTP、また人の移動、知的財産権の保護、投資、競争政策などへも拡大したEPAを進めることによる農業への打撃を緩和する保護策であり、とくに現時点で必要とは思えないのですが、問題は子ども手当や高校無償化をどうするかです。

子供手当てや高校無償化までバラマキだという乱暴なキャンペーンが浸透し、ほんとうにバラマキだと思っている人も少なくないと思います。しかしほんとうにそうなのかは、冷静に考える必要があります。子ども手当をめぐっての混乱は経済対策と混同されたことだったのかもしれません。子ども手当が貯蓄に回され、経済対策にならないというのも不毛な批判であり、問題は安心して子育てができる環境づくりができるのかどうかです。

財源を捻出するために、一時的な減額もしかたないのかもしれませんが、いったい本当に少子高齢化の歯止めになるためにはどうあらねばならないかの大きな課題が残っており、この解決をはからなければ将来に大きなツケがやってきます。
しかし、その議論のなかには、どうも子供のことすら政争の具にするという精神的荒廃を感じてしまいます。

単純な話、民主党はそれではどれぐらいのバラマキになったのでしょうか。おそらく新たに2.7兆円も予算を積み上げ、バラマキをやったと思っている人も少なくないと思います。

第一生命経済研究所のレポートで試算があり発表されていますが、実際には、自公政権での児童手当と比べると、こちらは控除があったため、2.1兆円となり、6000億円が追加されたことになります。三歳未満の子供への手当を増やした場合はおよそ2.9兆円で、8000億円の差です。

子ども手当再考〜単純に廃止すれば、少子化を深刻化させる(第一生命PDF資料)

所得制限をかけないことがバラマキだという主張がありますが、先進国で所得制限を行っている国はほとんどありません。しかも日本の子ども手当がとくに多いわけでもありません。先進国ではアメリカがこういった子育て援助がありませんが、そのかわりアメリカは移民政策を行い、労働人口の減少に歯止めをかけています。

今回の震災でも子どもの姿に勇気づけられたという被災者の人たちの心情はよくわかります。また現地で高校生をはじめとした若い人たちが先頭にたって避難所で人びとの世話をしている姿には心うたれるものがあります。

子ども、また若い人のエネルギーは、社会の財産なのです。

しかし日本はすさまじい勢いで少子化が進んできてしまいました。

ほんとうに国民のため、日本の国家の将来を考える政党なら、子供問題に対して「バラマキ」という乱暴な言葉は使わないでしょうし、真剣に少子化にどう対応するのかのプランを主張するはずです。

もちろん子ども手当がほんとうに少子化対策になったのかどうかは検証していく必要がありますが、どんどん改善していけばいいのです。保育園の充実などもはかっていかなければなりませんが、それはさらに子どもに対する予算を積み上げなければなりません。

子育て支援は、将来に対する投資戦略であって、震災の問題と、子供を守るということは天秤にかけてはならないはずです。年金とおなじく、この問題は与野党の政権交代が起こっても安定的、また継続的に支援していかなければならない問題であり、品のない「バラマキ」という言葉で片付けて良い問題ではありません。これまで少子化に歯止めをかけることに失敗してきた反省にたって、しっかりした議論をしてもらいたいものです。

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自分のことだけを考えている政治家は信頼されない

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エコノミスト誌の、日本の政治家は驚くほど自分のことばかり考えているという記事が紹介されています。国会中継を見ても、そこには菅総理追い落としの姿勢、権力闘争の姿しか無く、現場に任せればよいような細かな問題をとりあげ質問して得意げになっている国会議員の姿にも呆れる限りです。この危機のなかでも、権力闘争から抜け出せない体質が、海外から見ても不思議なのでしょう。しかし、これは自公だけの問題ではなく、民主党が政権を取るためにやってきたことでした。
役に立たない日本の政治 日本を復興するのか、破滅させるのか JBpress(日本ビジネスプレス) :

近い将来に政権を取るということであるならば、なによりも国民から信頼される発言、行動が求められますが、批判し、引きずり落とすことだけでは信頼は得られるはずがなく、人びとを惹きつける自らの考え方がなければなりません。

与党への国民の不信任から、野党に政権が変わるのでしょうが、また同じことが繰り返されます。そうやって幾度か政権交代して民主主義の成熟を待つほど、日本にはゆとりはありません。もう賞味期限のきれた既存の政党とは異なる第三の勢力の台頭に期待するか、より政権が安定しやすい首相公選制に変えるような外科手術をしないとこの政治の病根はなくならないのではないかとすら感じます。

しかし、政治家ばかりかマスコミも、本来は政府や行政が被災地で行っていること、またそこになにが障害になっているかなどを丁寧に報道する責任があるはずですが、どうも伝わってきません。

菅総理のリーダーシップに問題があるのなら、菅総理に欠けている復興のビジョン、日本再生のビジョンを堂々と語り、この人がリーダーになってくれたらいいねと感じさせればいいのですが、自公の人たちが「俺達が政権時代はもっときちんとやっていた」というのは誰も信用していません。あの程度のねじれで政権を投げ出した安倍さんや福田さんがこの危機で死を賭してまでリーダーとしてやれたのかという疑問がふっとでてきてしまいます。

どの党も信頼の資産を持っているわけではなく、この復旧・復興への道は、政治家が信頼を勝ち取るコンテストの舞台なのだという認識にたって、政治家の皆さまには、ぜひどんどん生きたメッセージを発信し、行動していただきたいものです。

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わからないことは、信頼で決まる

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原発がほんとうに発電コストが低いのか、また安全なのか。また事故が起こった際の周辺地域の被爆量を制限する基準値はどれぐらいが妥当なのかなどは、実際のところはよくわからないことです。

テレビのコメンテーターなどで、基準値を少しでも超えたことで大変な事態が起こったというような報道をしている人がいますが、なにかの根據があってのことではありません。

たとえばそれで癌になる人がどれくらい増える危険性があるのかを示せば別でしょうが、そのコメンテーターが個人的に不安を感じているということであって本当に危険かどうかはわかりません。逆に安全だとも言い切れるものでもありません。なぜなら今議論されている基準値問題では、科学的な検証ができていないからです。

だから信頼できる人が安全だといえば安全だと人は思うし、逆に信頼できる人が危険だといえば危険だと思います。しかし信頼できない人でも多数が危険だと言えば危険だと感じてしまいます。風評被害が典型です。

たとえば、被災者の仮設住宅がお盆をめどに建設可能かどうかも、目標をつくることはできたとしても、まだ土地の手当などがクリアされていない段階では、実際にできるかどうかはわからないと思います。

緊急事態宣言を行い、被災地の個人資産の凍結でもやれば別でしょうが、もう時すでに遅しかもしれません。いや今からでも遅くないかもしれませんね。

だから、国会でお盆までにやるという菅総理に、工程表を示せとか、根拠を詰問していた議員さんがいましたが、それは無理な話で、なにが障害になっているのかを質問すべきでしたね。それで津波で流された個人所有の自動車や船舶の処理、また仮設住宅の建設を自治体や政府が自由に行える法案をだせばと思うのですが。

企業活動でもそうです。開発チームがほんとうに売れる新製品をだせるかどうかはわからないことですが、きっとなんとかやってくれるという信頼があるから、開発をチームに委ねるのです。

原発に関してですが、安全かどうかとか、発電コストが安いかどうかという議論はもはや意味がありません。わからないことは互いの信頼、暗黙の了解で決まるのですが、もうその信頼は壊れてしまいました。

いや津波にも、地震にも耐える施設がつくれると言っても、災害はどのような形で起こってくるかどうかはわからず、人びとの不安を拭い去ることは困難です。

容易に想像できるのは、もしこれから新規の原発施設をつくろうというときに、いかに原発による地域への経済メリットがあったとしても、それに賛成する自治体の長はいないでしょう。

福島第一原発の状況、その後の周辺地域の人たちの様子を見ていれば、住民の不安や反対を鎮めることは困難です。

残されたたったひとつの道は、福島第一原発を蘇らせ、再稼働させ、周辺住民が、再開されてよかったと感じることでしょうが、それは世論が許さないと思います。

そうだとすれば、早く原発以外の発電にエネルギー政策をシフトしたほうが得策です。

小学校で年間20ミリシーベルトを許容の基準値にすることが物議となっています。それが本当に安全なのか、危険なのかどうかは専門家によって意見が異なり、20ミリシーベルトに安全委員会が賛成したといわれていますが、辞任された内閣官房参与の小佐古東大大学院教授以外でも異を唱えていた人がいらっしゃったようです。

ジャーナリストの江川紹子さんのブログに、内閣府参与から賛成したと伝えられた本間俊充日本原子力研究開発機構安全研究センター研究主席も賛成していなかったことが電話取材でわかったようです。

「『適切でない』と申し上げた」〜”子どもにも20mSv/年”問題と放射線防護学の基礎 :

科学的に年間20ミリシーベルトが許容できるかどうかよりも、小佐古東大大学院教授が記者発表で涙ながらにヒューマニズムとして認められないと発言され辞任された時点で、20ミリシーベルトは安全な基準ではなくなりました。なぜなら、その数値の決め方に疑念が生じてしまったからです。

菅総理のリーダーシップが問われていますが、この未曽有の震災では、誰がやってもうまく行くこともあり、失敗もあるでしょう。

しかもリーダーシップを発揮するだけの基盤を菅総理はもっていません。いや菅総理だけでなくても、直接国民から選ばれたわけでもなく、安定政権でもない状況で、リーダーシップを発揮するのは極めて難しいことです。

やっていることが正しいかどうかは結果論でしかないことが多く、こちらも結局は信頼を国民から勝ち取れるかどうかでしょう。

コメンテーターの人たちが菅総理のやっていることが駄目だと簡単に烙印を押しているのですが、誰もこの事態のなかで総理になった人はおらず、比較するすべもなく、無駄な議論だと感じます。

問題は、被災地の人びとや国民を勇気づけ、また希望を感じさせる言葉を菅総理が発信する能力に欠けていることだけではないかとすら感じます。

しかし、それはいきなりできるようになるものではなく、やはり役者は交代したほうがいいでしょうね。

いっそのこと、党議拘束をやめ、党派にこだわらずに候補者にでてもらい、無記名投票にして国会で日本再生のリーダー選びをやってみてはどうでしょうか。


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大西 宏のプロフィール
マーケティングの実践の畑を歩んできました。生活用品・インテリア・化粧品・デジカメ・産業財など多くのジャンルに関わってきましたが、CI、人事システム、情報システム開発などのプロジェクトも体験しており本職がなにかを疑われそうです。
バブル以降、マーケティングは冬の時代であったと思いますが、昨今は、マーケティングを見直す機運が高まってきており嬉しい限りです。

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