木村剛さんのブログ『プロ選手とアマ選手の違いとは何か?』という面白いエントリーがありました。読んでいて、サラリーマン時代の上司が、プロとアマの違いを教えてくれたことを思い出しました。
その方はコピーライター出身で、またコピーライターになりたい若い人たちにコピー作法を教えていらっしゃった方です。アマチュアである生徒さんも、テーマを出して、最初に出てくる原稿案では、結構プロ顔負けのいいコピーがでてくるそうです。


プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか

ところが、いろいろ検討して書き直していくと、書き直すに従って、どんど崩れていき、最後は形にならない無惨な原稿になってしまうそうです。プロのコピーライターなら、クライアントとのやりとりのなかで、さまざまな変更や修正があっても、決してコピーの質は落とさないというのです。状況に変化があっても力が出せるというのがプロフェッショナルの条件かもしれません。
変化への対応ということでは、プロは会社や組織が変わっても活躍します。能力のポータビリティの問題です。プロ野球やサッカーの選手は移籍しても活躍します。また活躍できなければ厳しい結果が待っています。
ドラッカーが「プロフェッショナルの条件」で面白いことを言っています。会社の寿命より、知識労働者の寿命のほうが長くなったというのです。会社の浮き沈みが激しくなると、当然沈み始めた会社にずっと属していると不利です。どんどん実績のだせる会社に転籍して活躍していかないと能力も錆び付き、所得もあがりません。だから、どこの会社に属しているかよりは、どのような専門領域に属しているかに関心が移ってきたというのです。そういう意味では「就職」というのはいい言葉ですね。

しかし、日本も、若い人たちの間では変化してはじめてきましたが、まだまだ、どこの会社に属しているのかのほうに関心が向きがちです。日経ビジネスに企業別の給与所得ランキングがでていましたが規制産業が上位にずらりと並ぶ社会だからしかたないですね。「就職」ではなく「就社」という意識からなかなか脱出できません。きっと産業の流動化が不足しているのでしょう。

マーケティングやビジネスでも変化にどう対処できるかという能力が問われてきます。ひとつの成功だけなら、アイデア次第で偶然実現できるかもしれません。それも立派なことですが、それだけでは経営のプロだとはいいづらいですね。
経営は、事業のアイデアや新しさを競うことが目的ではありません。お客さまやお客さまの満足を広げ、売り上げや利益をあげ、また企業価値を高めていくことが目的ですら、別に表面的なところで目新しいことをしないといけないということはありません。実力のある会社は見えないところで差をつけているものです。このことは、案外マーケティングや経営の評論家の人でも混同している人がいらっしゃるように感じます。

それはさておき、先ほどのドラッカーの本で印象に残っている言葉があります。「自らの成長に責任を持つ」ということです。自らの成長に責任を持っているのがプロかもしれません。そして「成長のプロセスを維持していくための強力な手法を三つあげるならば、教えること、移ること、現場に出ること」だそうですが、確かにそうですね。「自らの成長への責任」はきっと「変化に対応する責任と能力」と言い換えてもいいのかもしれません。

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