ライブドアとフジテレビの攻防はどうなっていくのでしょうか。どうなっていくにせよ、「今回の問題は、今後日本の放送界に押し寄せる大きな波の第1波にすぎない」と『ネットは新聞を殺すのかblog』の湯川さんが『毎日新聞の中島みゆき記者の記事』でご指摘のとおりだと思います。

また、湯川さんがご紹介されている中島記者の「メディア新時代への序章−−公共性の判断は視聴者」という記事はほんとうにいい視点を投げかけてくれており、読んでいてすがすがしさすら感じます。
今は経営権をめぐって、ニッポン放送株の争奪戦が展開されていますが、それは通過点でしかありません。現在は、「会社は株主のもの」というガバナンス(統治)に焦点があたっています。「会社は株主のもの」という経営のガバナンス(統治)の問題と、「会社は社員の創意工夫、知恵、また努力で成り立つもの」という経営の資源の問題で線を引くことが出来ない方がまだまだ多いかもしれません。
しかし、やがて「放送局はこのままでいいのか」という問題に移ってくると思います。

時代の変化の速さを電話で想像してみてください。個人は、あっというまに固定電話から携帯にうつってしまいました。固定電話はさらにIP電話に変わっていこうとしています。時代はどんどん変化していくのです。
放送は、電波を使う性格上総務省から認可を受ける制度になっています。そのために結果として電波が独占されてしまっているのです。番組を流す手段として電波しかなかった時代だから仕方がなかったことかもしれません。森前首相が「電波は国民のものだ」と力説しても「もう電波はいらない」時代、もっと便利で高度に番組を提供できる世界が目に前に来ているのです。電波を使う理由はどんどんなくなってきたのです。

ニッポン放送の社員声明は、第三者から見るとぬるま湯につかってきた人たちの発想だと感じてしまします。「リスナーと共に50年という歳月をかけて営々と築き上げてきた企業価値」といいますが、時代の変化や、未来に向かって、リスナーへの価値を高めていこうという発想がまるで感じられません。古い利権に経営者とともにしがみつこうというだけのことです。

放送局も、電波を捨てればもっと視聴者やリスナーに、より便利で高度なサービスを提供するチャンスが来ているのですが、今は電波で稼げるから枠組みを変えたくありません。
この問題は、放送局という独占企業の権益を優先するのか、視聴者が、番組や報道をより楽しんだり、より深く情報を知る権利を優先するのかという問題にやがて移ってくるでしょうし、それが本質的な問題だと思います。
つまりライブドアかフジテレビかという個別の企業の問題だけではないという視点で、この攻防を眺めてみるとより前向きの議論になってくると思います。

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