クイズの話ではありません。私たちは毎日のように問題を解いています。今日のランチはなににしようかとか、忘年会をいつ、どこでやろうかとか、ボーナスで旅行にいこうか、それとも車を買い替えようかとか、クリスマスには何をプレゼントしようかとか解くべき問題にはことかきません。
解くこと、考えることそのものまで楽しい問題もあれば、災難のように降りかかってきて思わず頭を抱えたくなる辛い問題、智に働けば角が立ち、情に棹させば流される、あっちを立てれば、こっちが立たずというといった悩ましい問題もあります。いずれにしても、私たちは問題の束のなかで生きています。生きている限り、さまざまな問題と付き合っていかざるを得ません。
ビジネスにしても同じことだと思います。刻々と変化するお客さま、生きたマーケットを相手にしている限り、つねに新しい問題が生まれてきます。問題を解決する側の会社も組織も生きた人の集団ですから、、またそこでもめんどうな問題が発生してきます。
もともと、人には問題を解決しようとする潜在力がありますが、発生した問題が、これまで出会ったことのない問題、クリアするにはハードルが高そうな問題に遭遇すると、プレッシャーがかかってきます。怖いもの知らずのうちはいいのですが、キャリアが重なってくると、思わずしりごみして問題を避けたくなります。そんな経験は誰も幾度となくあるはずです。
そんな時に、いい処方箋があります。少なくとも、自分自身の処方箋にしていることがあります。簡単です。いい意味でいったんは「他人事」と考えるのです。自分自身を渦中の人と思わないことです。岡目八目という言葉がありますが、将棋でも碁でも、夢中になっている当事者には気がつかないことでも、横から眺めている外野席にはよく見えます。いったんは自分自身を無責任な外野席に置いて考えてみるのです。
自分自身と問題を関連させてしまうと、やっかいなことは避けようとして、解決方法を最初から狭めてしまいがちです。それで出口なしになってしまうことが多いですね。自分とは無縁な「他人事」として問題を考えるテーブルに並べてみるのです。問題の根っこは何だろうか、なにがわからないのか、何をすればよいのか。
ジグソー・パズルを解くようなものです。ひとつひとつのチップがつながっていく気持ちよさだけを考えます。責任なんてこれっぽっちも考えては前に進みません。誰かさんのためのパズルをやっていると考えて解くことを楽しむのです。気がついてみると、いつか問題を解くことに集中しているはずです。

行き詰まったり、疲れたらいったんやめます。別のことをします。でも大切なことは、また繰り返し繰り返し問題解決のパズルにチャレンジします。そうしているうちに解決のシナリオがぼんやり浮かんできます。ぼんやり浮かんできたらあとは、どのような枠割りが求められ、またどのようなアクションが必要で、どのような筋道でコトを進めればよいのかをプランしていきます。
自分自身がどのように関わり、何をすればよいかはそこから考えればいいことです。自分が関わっていると思うとどうしてもプレッシャーがかかり、肩に力がはいります。肩に力が入ると知恵は浮かんできません。
プライベートでも同じことかもしれません。悩ましい問題、困難な問題に遭遇したとき、いったんは自分自身を外野席に置いて、問題解決というパズルとして考えてみることをオススメします。やっかいな問題に遭遇した時、みなさんは、どんな処方箋をお持ちでしょうか。

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